「さて、それでは計画を詰めていこうか」
彼の言葉に私たちは頷く。私たちのリーダーである彼のなんでも知っているのかと思ってしまうほどの広範な知識と機転は幾度となく私たちを助けてきた。
場所は騒々しいファミレスである。まさか、日常の隅っこで襲撃する計画がひそやかに進められているとは誰も思うまい。
人の声を隠すのは人の中。私たちの話し合う声は聞こうと思わない限り聞こえないだろう。
銀行内の地図はすでに全員の頭の中に入っている。とはいえ、私にはあまり必要ではない。
私が必要なのは銀行の駐車できる個所と、目的地周辺の地図である。なぜなら、私は逃げるための運転役だからだ。
予定の時間通りに車で彼らを拾い、そのまま逃げ去る。それが私の役目だった。
運転がかねてより好きだったが、まさかこんなことに技術を使うことになるとは。人生わからないものである。
しかし、同時に自分の技量を発揮できることを楽しんでいた。社会に反することをしているという背徳感に酔いしれたこともある。
「なるほど、今回も楽勝だな」
実際、仲間の中でももっとも年下である男は、そういった傾向が強いように思われた。それがどこか不安でもある。
彼は空間把握能力が高いという長所を見込まれて仲間に加わった。地図を見るだけでその建物の構造を把握できたのだ。
しかし、性格上はいささかの問題があるように思える。不和を起こしたくないから口には出さないけれど。
彼を連れてきたのはもうひとりの仲間だった。指示を出す彼の相方のような存在である。
しかし、まるで自分がトップであるかのように振舞うことがあり、リーダーの彼に嫉妬の情を抱いているようだった。
その原因はリーダーの彼のやや傲慢な性格が手伝っているのだと私は見ている。有能であることは否定しないのだが。
「今回も上手くいけばいいのだがな」
「ああ、間違いはないとも。計画は完璧だからな」
不安要素は確かにある。だが、まあ、いいだろう。私は彼らを足として助けるだけでいいのだ。
伊坂幸太郎先生の『陽気なギャングが地球を回す』という小説を思い出す。一番バランスが取れていて良いのは四人だと言っていた。
だから私たちも四人だ。決行は明日。成功すれば一攫千金。失敗すれば。さて、結果はどうなるだろうか。私は知らず踊る鼓動を抑えつけた。
悪行の代償
伊坂幸太郎先生は『グラスホッパー』をはじめとして、社会の裏側にいる悪党を描いた作品をいくつか書いている。
『陽気なギャングは地球を回す』はその中のひとつだ。
人間嘘発見器。演説の達人。スリの名人。正確無比な体内時計。四人の特異な天才が組んで銀行強盗をするというストーリーである。
意外なのはアウトローの世界を描いているにもかかわらず、暴力的でダークな印象を受けないというところだ。作品には終始ドキドキするようなスピード感と明るい雰囲気が漂う。
それは主人公である彼らがシリアスな展開に持っていかせないからだろう。危険なところでも飛び出す小粋なジョークは、どこかアメリカのアクション映画のような面白さがある。
伊坂先生と言えば、なんといってもその高いエンタメ性であろう。先生の作品はまるでショーでも魅せられているかのような迫力と笑いがある。
作中の会話のひとつひとつにまで巡らされた伏線によるどんでん返しからのどんでん返しは必見であろう。
私は『陽気なギャングが地球を回す』の彼らが大好きだった。だからこそ、この話を受けたのかもしれない。
しかし、どうも世の中はそう上手く回るわけがないらしい。私は鉄格子の中で嘆息した。
結局、私たちの計画は失敗して捕まることになった。捕まった時の彼らの驚愕に満ちた表情はなんだかそんな場合ではないのに面白かった。
仲間だった彼らは一様に自分は無関係で他の奴らが主軸だったのだと主張しているらしい。仲間とは何だったのだろう。
まあ、そんなチームであったのならば、こういう結果になったのも仕方のないことである。
そういえば、作中に『天網恢恢疎にして漏らさず』という言葉があったな。私は思い出す。意味はたしか、天は悪事を見逃さない。悪いことをすれば天罰が下る、と。
まさしく至言だ。私はひとりうんうんと頷いた。刑務官がそんな私を怪訝そうに見ていたから、私は気にしないでと身振りで示した。
四人の天才ギャングたちの誤算から始まるハイテンポサスペンス
響野は銀行の右端にあるドアをくぐった。中に入る。成瀬と久遠もそれぞれ別の出入り口から入ってくる。響野はゆったりとしたさりげない仕草で手を伸ばす。
ドアの上についているボタンを押す。「手動ドア」に切り替える。ポケットから紙を取り出して自動ドアに貼る。「ただいま故障中です。しばらく入店はできないのでご了承ください」と書いてあった。
別の入り口から入ってきた響野たちは大股でロビーを歩く。周りの客たちが響野の顔をちらっと見て、不愉快そうな顔を浮かべる。
帽子とサングラスが不穏に見えたからだろう。けれど、彼らも身なりだけでは強盗だと断言できない。
カウンターまで近づく。成瀬の目配せの合図に響野はカウンターに飛び乗った。天井に向かって発砲する。悲鳴がどこかで鳴る。
成瀬と久遠が銀行内を飛び回るのが横目に見える。響野はそれを確認しながら、客のいるロビーに向き直る。
響野が大声を出すと、座り込んだ客たちが怯えるように見てきた。銀行員もすっかりロビーに集まっている。
響野がロビーにいる人たちに演説をしている間、成瀬と久遠はひたすらバッグに金を詰めている。
四分の経過と同時に金の入ったボストンバッグを受け取る。ダンスパーティーで見せるように深々とお辞儀をして、出口へと駆ける。
飛び出すと目の前にセダンがちょうど停まるところだった。久遠がはじめに後部座席に滑り込んだ。響野はその後から、身体を入れると、ドアを閉めた。
成瀬が遅れて、助手席に入ってきた。運転手の雪子が深刻な顔でフロントガラスを見詰めているのが、響野から見える。
雪子は真剣な面持ちで前を見ていた。睨んでいるというほうが近い。タイミングを間違えることはできない。
体内時計は正確に時間を計算していた。それぞれに視線をやりながら、カウントダウンを行なっている。秒読みだった。
その直後、車が目の前に飛び出してきた。RV車が飛び出してくるのを雪子は確認した。雪子はブレーキを踏み込んだ。
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