私はテレビに映る私自身の姿を呆然と眺めていた。まるで遠い出来事であったかのようである。レポーターの責めるような口調に、私は自分の人生が崩れ落ちる音が聞こえる気がした。
私の出版した小説が話題を呼んで訪れたこの世の春が、唐突な終わりを告げたのは先日のことであった。
私の作品の中のひとつの単語が公序良俗に反するとして批判されたことがきっかけである。
作品の雰囲気や世界観に合致させるためにはその言葉でなければならない。その言葉以外には、決して代わりにならなかったのだ。
だから、私は逃げて文章を変えるよりも自分の最善を貫き通すことにした。それが私の胸中にどっしりと構える作家としての誇りであった。
しかし、私の信ずる誇りは、他の人にとってはただの言葉でしかない。しかも、悪影響を与えると誤認させる言葉である。
ほんのちょっとした意見から下火がマスコミにまで流布されるのに、そう時間はかからなかった。私の作品への評価は誉め言葉から批判に変わっていった。
店頭から私の本が次々と失われていった。それとともに、私の借金だけが歪に膨らんでいくばかりである。
それはそのまま、私の存在そのものが世界から追い出されているかのようだった。
作品は私が学生の頃から胸に温めていた作品であった。私の想いを、そこにすべてつぎ込んだものだ。それが壊されるのは私の人生が壊れるも同じであった。
世間は私に言葉の礫を投げて、正義の鈍器で私の作品を砕いた。私は身体では何ともなくとも、心の中は満身創痍の体である。
もう、私は作品を書くことができなかった。筆を握るたびに、今も癒えない傷が叫びをあげるのだ。
物語の世界で私は自由だった。しかし、物語の世界そのものは現実世界では不自由だった。
気がつけば、ニュースは終わり、アニメが始まっていた。私は普段、アニメを見ないのだが、その時ばかりはなぜか不思議と引き込まれた。
『図書館戦争』。作品を検閲して処分しようとするメディア良化委員会と検閲に抵抗する図書館の戦いの記録であった。
表現に自由を!
アニメに描かれていた世界は、私にとって地獄のようなものだった。そして、その地獄に立ち向かっている人々がいた。
彼らは命すらも構わずに立ち向かっていた。理不尽な社会に。不当な生き様に。困難な世界に。
本は人によっては大事であろう。しかし、また別の人にとってそれはただの紙束のようなものである。
そのために、彼らは命をかけるのだ。過去の知識を守るために。その姿は何より尊いものに見えた。
私は本質を忘れていたように思う。文章を書くのが、いつの間にか社会の言いなりになっていたのだ。
私はかつて、自分の疑問や内心を文章として形にしたくて筆を執ったのだ。私が文章を書くのは私自身がそうしたいからだった。
いつから、私は社会のために書いていたのだろう。書く理由には人それぞれあるだろうが、私は少なくとも自分のためだったのだ。
それがいつの間にか社会のために書くようになり、大衆受けする題材を選ぶようになり、より多くの人に読まれる内容を書くようになった。
一度社会の美味い汁の味を覚えてしまったが故の自分自身の驕りが、私の文章を歪めたのだ。
物語の中では私は自由だった。しかし、私自身が物語の私に鎖をかけたのだ。
私はテレビを消して部屋の片隅に置かれている机に向かった。筆を握った手はもう震えなかった。引き出しの奥から作文用紙を引っ張り出す。
文章を書こう。私の胸中にはかつての熱意が再び灯ろうとしていた。頭の中に書きたいことがいくつも浮かんでは消えていく。
私は私の文章を書く。それが私なりの、社会に対する小さな反抗である。
本を守るために命をかける図書館員たちのSFミリタリー
公序良俗を乱す表現を取り締まる法律としてメディア良化法が成立した。この法律を根拠法として生まれたのがメディア良化委員会である。
委員会は全てのメディアに対する検閲の権利を有していた。検閲の権限は拡大解釈が可能なように書かれており、委員会はこれを根拠としてあらゆるメディアを規制し始めた。
それに唯一対抗しうる手段を持つのが図書館である。メディア良化法の対抗策として既存法の下に加えられた「図書館の自由法」が根拠法となっている。
根拠法を拡大解釈した両組織の抗争は次第に激化し、やがて武装による実力行使にまで発展していった。
今や、図書防衛隊員は自衛隊や警備隊以上の練度を誇るとさえ言われている。それは時に命すらも失うことのある危険な職業であった。
図書防衛隊員として志望した笠原郁は毎日、教官の堂上篤にしごかれながらも厳しい訓練に励んでいた。
郁が防衛隊員として志望したのは、高校生の頃に良化委員会に本を没収されそうになっていたところを、図書館員に助けられたからである。
以来、彼女は顔も覚えていない彼のことを王子様と慕っていた。
しかし、それらしき人物には会うことすらできず、教官の堂上はどういうわけか、彼女を毛嫌いしているようで、彼女にだけ強く当たる。
しかし、郁が落ち込んでいるときやピンチの時は必ずと言っていいほど彼が現れて助けてくれるのだ。
まるで正義の味方のように。
新隊員としての訓練期間が修了し、郁には部署への配属が通達された。しかし、そこには志望していたはずの防衛隊員への辞令ではなかった。
図書特殊部隊への配属。図書特殊部隊は図書館員の中でも限られた者しか所属できないエリート中のエリートである。
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