美しさから見える本性『カケラ』湊かなえ


 自分の見た目が嫌いだった。全身鏡を見るたびにため息を吐く。鏡に映る私の姿は、まるでドラム缶のよう。

 

 

 父も母も食べることが大好きで、幼い頃からたくさん食べていた。母は料理が上手くて、何度もおかわりするのは当然。父は珍しいお菓子とかをよく買ってきてくれていた。

 

 

 その割に、母はあまり太らない。父は樽みたいに太っている。妹は母に似てほっそりしたままで、私は父に似て太っていた。

 

 

 父や母からは「かわいいかわいい」と言われて育った私は、自分のことを「かわいい」と思っていた。昔は妹とも仲がよかった。

 

 

 けれど、学校に入学した時、私は身をもって現実を知ることになった。

 

 

「せんせーい、黒板が見えませーん」

 

 

 授業中に、クラスでも美人の佐藤さんが手を挙げてそう言った。けれど、たぶん本心じゃない。口調はにやにやしていて、彼女の取り巻きもクスクス笑っているから。

 

 

 彼女の前の席は私だった。彼女は、つまりは太っている私が前にいるせいで黒板が見えないと訴えているのだ。

 

 

 私は恥ずかしさと申し訳なさで縮こまる。私が大きな体を必死で椅子の上で小さくしようとしているのが滑稽だったのか、教室中に失笑が漏れた。

 

 

 顔に熱が灯ってきた。悔しくて涙が出そうになる。けれど、私は何も言えず、ただ身を震わせて身体を丸めることしかできなかった。

 

 

 デブ。クラスメイト達から見て、私はその言葉に当てはまるみたいだった。自分が妹と比べてちょっと太っているとは思っていたけれど、そこまでではないと思っていたから。

 

 

 でも、蓋を開けてみれば、クラスの女の子たちは私よりも細い子ばかり。私は明らかに太っていた。ぽっちゃりという言葉で誤魔化せないほどに。

 

 

 気になっていた男の子にはデブと言われ、女の子たちにはいじめられた。自分を「かわいい」と思い込んでいた過去が恥ずかしくなる。

 

 

 何より哀しいのは、幼い頃はいつも一緒にいるほど仲がよかった妹までもが、私を見下すようになったことだ。

 

 

 妹は細くて、かわいい。妹は人気者だった。私と違って。私たちは「似てない」とよく言われた。妹は嬉しそうに笑って、私は言われるたびに寂しくなった。

 

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。原因はよくわかっている。この太った身体が悪い。これが全てを狂わせたのだ。

 

 

 ダイエットをしようとしたことは一度や二度ではない。何度も挑戦した。けれど、いつも長続きしない。すぐにおやつに手が伸びてしまう。

 

 

 体重は増えていくばかり。いじめはより苛烈になっていく。ストレスをなくすために、また食べる。そして、また太る。悪循環だ。

 

 

 幼い頃に戻りたい。どうして、太っているだけで、こんなことになるんだろう。太っていることの何が悪いの。

 

 

 外見より中身が大事なんだ。先生は言っていた。なんて白々しい嘘。誰もそんなこと、信じていないくせに。先生本人ですらも。

 

 

 中身なんて誰も見てくれない。見るのは、かわいいか、かっこいいか、太っているか、痩せているか。それだけ。それだけで充分。

 

 

 佐藤さんは人気者だ。美人で、かわいいから。誰も気づかないのかしら。私をいじめる彼女の顔はあんなにも歪んでいるのに。

 

 

 かわいい子は何をしても許される。デブは笑われ、みんなのストレス発散に使われる、哀れな哀れな子ブタちゃんだ。

 

 

 湊かなえ先生の『カケラ』。それは私と同じ、容姿に振り回された人たちが巻き起こした悲劇だった。

 

 

 亡くなってしまったひとりの少女。彼女は太っていたという。美容外科の先生が、彼女の最期の真相を追いかけていく。

 

 

 見た目なんて関係ない、大事なのは中身だ。そんなきれいごとを言っているあなた、鏡でも見てみる?

 

 

 そう言っているあなたの顔、『心にもないけど』って言ってるよ。最高に、醜い顔。

 

 

太っているって、そんなに悪いこと?

 

 痩せたいの。ついに、デッドラインを超えちゃったから。

 

 

 痩せようと思ったのは初めてじゃない。ダイエットも何度かしたことがある。けれど、危機感を覚えたのは今回が初めて。

 

 

 そもそも、ダイエットだって、私の人生には無縁だと思ってた。小学生の頃、男子に「トリガラ」って渾名をつけられていたくらいなのに。

 

 

 「トリガラ」なんて、今となっては愛おしい。私のことを嫌いな人が一万個悪口を並べても、絶対に出てこないフレーズなんだから。

 

 

 まったく、人間の身体って不思議だね。みんな、私が痩せているのはうちが貧乏だからと思っていたかもしれないけれど、そういうわけじゃないんだよ。

 

 

 ばあさんはいつもネチネチ怒っていて、私の友だちへの文句とかも、結局、理由をつけてはお母さんが責められるの。あれ、全部、嫉妬だよ。

 

 

 ばあさん、女だったんだよね。そりゃあ、性別的に女だってことは、子どもの頃からわかっていたよ。だけど、年寄りに「きれいになりたい」願望があるなんて考えないわけ。

 

 

 え、サノちゃんのクリニックでも高齢者の患者が多いの? 美容外科なのに? 意外。先もそんなに長くないのに。

 

 

 ひどい言い方? サノちゃんほどじゃないよ。見たよ、この間の、何だっけ? すごいね、もう芸能人じゃん。

 

 

 なぜ、美容と教育を再確認して考えようとするのですか? どちらも、心の豊かさにつながる行為だというのに。似てたでしょう? 今の言い方。

 

 

 ていうか、めちゃくしゃ脱線しちゃった。ダイエットだよ。

 

 

 痩せてることを怒られてたのって、世の中広しといえども、私くらいじゃないかな。ばあさんは私に、太れ太れって言ってきた。ダイエットして痩せてたわけじゃないのに。

 

 

 でもね、どんなに怒られても、嫌味を言われても、太りたいとは思わなかったあ。だって、見ればわかる。明らかに美しくないもん。

 

 

 サノちゃん、恐ろしいのは「理由がわからない」ことだよ。食べても食べても太らない身体が、食事制限をしても走っても痩せない身体になってしまうとか。

 

 

 同じ人間の体質が経った四十年の間にここまで変わるものなの?おかしいでしょう?

 

 

 これはねえ、呪いだよ。今になって、仕返しされてるんだなって思う。

 

 

 誰にって――、私たちの田舎の同級生「ロクヨン部屋」のヨコヅナ、横網八重子に決まってるじゃん。

 

 

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