赤ずきんが紐解く童話の事件の謎『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』青柳碧人


 昔、かわいい女の子がおりました。彼女はいつも赤いビロードの頭巾を被っていたので、みんなから「赤ずきん」と呼ばれていました。

 

 

 どうして彼女が赤い頭巾が好きなのかって? それは、彼女が好きな本に影響されたからです。

 

 

 『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う』というのが、その本でした。彼女は、その作品の中の「赤ずきん」にひどく心惹かれたのです。

 

 

 クッキーと瓶を入れたバスケットを抱えて、旅をしている赤ずきん。彼女はその道中で何度も、不思議な事件と出会います。

 

 

 ぼろぼろの服を着た美しい女の子、シンデレラといっしょに魔法をかけてもらって舞踏会に出かける最中、カボチャの馬車で人にぶつかってしまったり。

 

 

 ヘンゼルとグレーテルの兄妹の家に泊まることになって、森の中のお菓子の家を見たら、そこに彼らの義母が潰されていたり。

 

 

 百年もの間、眠りについているというお姫様の姿を見に、高い塔へと登ってみたら、お姫様の姿がどこにもなくなっていたり。

 

 

 夢を見させるマッチを売って荒稼ぎしているマッチ売りの少女と対峙して、彼女の悪だくみを止めようとしてみたり。

 

 

 ねえ、どうしてあなたの犯罪計画はそんなに杜撰なの? そういって犯人を問い詰める赤ずきんのかっこよさに、女の子はもうメロメロでした。

 

 

 ママにねだると、幼稚な赤い頭巾なんて、と渋られましたが、どうにか買ってもらって、女の子はご満悦です。

 

 

 ああ、彼女みたいに旅に出たいわ。そうして、出会うたくさんの事件を、解決するの。女の子はそんな夢を見ていました。

 

 

 でも、夢なんてそうそう叶うものではありません。彼女の前には、腰に手を当てて怒る恐ろしいママをはじめ、たくさんの壁がそびえているのです。

 

 

 女の子はまだ十歳と少し。作品の中の赤ずきんの年齢よりも小さいのです。そんな彼女に、親が旅なんて許すはずがありません。

 

 

 それに、現実の世界では作品の中みたいにオオカミなんていないけれど、オオカミよりも怖い人たちはたくさんいるのです。

 

 

 事件を求める女の子にとって、危険やスリルはむしろ望むところでしたけれど、そもそも、現実には探偵役どころか、被害者になりかねない世の中です。

 

 

 女の子の夢は長い間燻ぶったまま、実現することなく、心の中に残り続けました。

 

 

 ああ、旅に出たい。事件を解決したい。赤ずきんみたいに、いろんな人たちと出会いたい。

 

 

 女の子の夢はとどまるところを知らず、誰にも、女の子自身にすら気づかれないまま、彼女の胸の中ですくすくと育っていきました。

 

 

 けれど、そんな煩悶とした日々も、もう終わり。ママからのお許しが出て、なんと、旅をさせてもらえることになったのです。

 

 

 紅い頭巾にバスケット、作品の赤ずきんと同じような出で立ちで、家を出ます。目指すは森の中にあるおばあちゃんの家。

 

 

 その道中で、ふと、彼女は道端に倒れている茶色い何かを見つけました。どこか胸騒ぎを覚えつつ近づいた女の子は、目を見開きました。

 

 

 なんと、オオカミが倒れていたのです。どうやらすでに事切れているようでした。これは紛れもなく事件です。

 

 

 女の子はさっそく観察を始めました。オオカミの身体をじろじろと眺めます。さて、犯人は誰なのでしょうか。

 

 

 夢にまで見た華麗な事件の謎解き。とうとう訪れたのです。彼女が名探偵赤ずきんとなれる、この時が。

 

 

 暗い部屋に座り込む彼女の傍らには、大量の燃えカスが零れ落ちていました。そして、その力なく握られた手の中には、マッチ箱に描かれた金髪の女の子が微笑んでおりました。

 

 

童話×ミステリ

 

 まったくもう、失礼しちゃうわ! 赤ずきんは川岸にしゃがみ込み、両手に持った靴をじゃぶじゃぶとこすり合わせて洗っていました。

 

 

 赤ずきんがバーバラと出会ったのは、今さっき、小川に架かる橋の上でのことでした。粗末な服ねえ、私が魔法で豪華な服に変えてあげましょうと、バーバラは言いました。

 

 

 赤ずきんは、それなら靴を変えてくれるかしら、と頼んだのです。ところが、バーバラが呪文を唱えて杖を一振りすると、靴は泥まみれになっていたのでした。

 

 

 赤ずきんは手を滑らせ、靴を小川の中に落としてしまいました。靴はみるみる、川下へと流れていきます。

 

 

 靴はすぐに見えなくなってしまいました。赤ずきんは途方に暮れました。まだ旅は始まったばかりです。靴がなくて、この先どうすればいいというのでしょう。

 

 

 赤ずきんは裸足のまま、とぼとぼと歩き始めました。すると、少し先の岩の上でぼろぼろの服を着た裸足の女の子が、白い布を一枚だけ洗濯しているのでした。そして女の子のすぐ脇には……

 

 

 赤ずきんは走り寄って、それを手に取りました。今しがた流れていったばかりの、赤ずきんの靴でした。

 

 

「よかった。あなたがすくい上げてくれたの? ありがとう」

 

 

「ああ……、あなたの靴だったの」

 

 

「私、赤ずきんっていうの。あなたは?」

 

 

「……シンデレラ」

 

 

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