渋さが魅力的なハード・ボイルド小説3作品まとめ


 ネオンが往路を埋め尽くしていた。水色や、黄色や、けばけばしいピンクが明滅を繰り返している。

 

 

 俺はそのネオンの隙間に建っている小さな店の前で足を止めた。周りと比べると華美ではないが、クラシック調の外観は人目を引いている。

 

 

 俺は扉を開け、その店に足を踏み入れた。レコードから流れるジャズミュージックが、静かに流れている。

 

 

 グラスを拭いていたマスターが俺に気付いて会釈をした。俺はカウンター席の、彼の正面に腰かける。

 

 

 いつものですね、そう問うてきた彼に俺は頷く。マスターが用意をしている間、俺はカバンの中からいくつかの本を取り出した。

 

 

 俺はいつも仕事終わりの夜九時に、この店を訪れる。カウンター席に座って、ひとり静かに過ごすのがここ最近の日課になっていた。

 

 

 本を読み始めた俺の傍らに、マスターがグラスを置いてくれる。琥珀色の液体に浸かった氷が揺られて音を立てた。

 

 

 ごゆっくり。そう言ったマスターに礼を言って、俺は物語の中に沈みこんでいった。

 

 

暴力と女に明け暮れたサーキットのヒーロー

 

 彼は決して善人ではない。学生の頃から彼は、暴力に明け暮れていた。気に食わない相手は拳でねじ伏せた。

 

 

 野心を抱き続けた彼は、魅力的な容姿で女を魅了し、貢がせて、レースに出るための資金を得る。

 

 

 女たちは彼を危険だと思いつつも、その魅力に抗えず、彼を愛してしまうのだ。

 

 

 まさに汚れた英雄と称すべき男。バイクの排気の油臭い匂いと、女の香水が物語に浸る俺の鼻孔をくすぐるのだ。

 

 

バイク小説の金字塔『汚れた英雄』大藪春彦

 

 

年老いた猟師と自然との戦い

 

 老人はたったひとりで海に出る。武器は長年をともに過ごしてきた舟と、自分の長年培われた経験。

 

 

 舟の下に覗く巨大な魚影。老人の垂らした罠に食らいついたその時、彼らの戦いが始まるのだ。

 

 

 老人が相対するは、目の前に広がる巨大な大海原そのもの。圧倒的な自然の力が、彼に牙を向ける。

 

 

 俺たちが忘れかけている自然の恐ろしさ。その物語は、その脅威を思い出させてくれるのだ。

 

 

生前最後の傑作『老人と海』ヘミングウェイ

 

 

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自分の足で真相を探す昔ながらの探偵

 

 薄暗い店でひとり、グラスを傾ける男。気の弱そうな若い男子大学生が、彼に話しかけた。

 

 

 男は探偵のようなことをしているのだという。大学生は彼に、行方不明になった自分の恋人を探してほしいと依頼した。

 

 

 探偵はため息を吐いて立ち上がった。これから彼の、長い夜が始まる。武器は自分の人脈と足だけだ。

 

 

 探偵小説の中では、俺はこの作品が一番好きだ。巷で人気の探偵は数多くあれど、本当の意味での「探偵」はこういう男のことを言うのだろう。

 

 

 事件とともに、今日も夜は過ぎていく。俺は作品の中の男と同じように、グラスを口元で傾けた。

 

 

夜の街を巡るハードボイルド・ミステリ『探偵はバーにいる』東直己

 

 

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