生き抜く女性の姿を描いたフェミニズム小説『三つ編み』レティシア・コロンバニ


 私は鏡に映る自分の髪の毛を見た。耳を隠すボブカット。今まで、手入れが面倒だとそれ以上伸ばそうとはしなかった。けれど今、それがどこか惜しく思う。

 

 

 そう感じるきっかけは、よく覚えている。レティシア・コロンバニ先生の『三つ編み』を読んだことだった。

 

 

 『三つ編み』は、多くの言葉で翻訳された、世界的に有名なフェミニズム小説、なのだという。苦境に喘ぎながらも、懸命に生き抜いて壁を乗り越える三人の女性を描いている。

 

 

 インドの最貧困層「不可触民」に属するスミタは、人の便を素手で汲み取る生業からの解放を望んでいた。彼女の娘、ラリータに、同じ苦しみを味合わせたくないと願っていた。

 

 

 そんな彼女は、ようやく、ラリータを学校に通わせることができた。しかし、その喜びもつかの間のことだった。

 

 

 ラリータは学校で教師から差別を受け、憤ったスミタは、娘を連れて、この忌まわしい土地から逃げ出すことを決意する。

 

 

 イタリアの工場。そこは、女性の毛髪を集め、かつらを製造する工場である。工場長である父の背中を見て育ったジュリアは、工場の一員として働いていた。

 

 

 しかし、ある時、父が事故に遭う。さらに、父が隠していた何枚もの借用書の存在が明らかになった。このままでは、父の遺した工場は経営が破綻し、潰れてしまう。

 

 

 そんな中で、ジュリアは火の車となった工場を統べる工場長になった。彼女は自分の愛する家業を救うため、方法を模索する。

 

 

 カナダの巨大な都市の弁護士事務所で働くサラ。子どもを持ちながらも、家庭と仕事を両立するキャリアウーマンだ。

 

 

 だが、ある法廷の最中に倒れたことをきっかけに、彼女の人生は転落を始めた。医者からガンだと宣告されたのだ。

 

 

 重い病を持つ彼女は、優しさと気遣いという刃で、次第に職場から追いやられ始める。仕事も失い、病で髪も抜けていく。彼女の居場所は、もうどこにもなかった。

 

 

 まったく異なる地で暮らす、三者三様の女性たち。バラバラだった物語が、髪の毛を通じてつながっていく。

 

 

 中でも私が衝撃を受けたのは、インドのスミタの物語だ。人間とすら扱われていないその境遇は、日本で育った私には想像すらできないほど。

 

 

 近頃の日本は、社会における女性の受け入れ方が見直されて、教科書から知ることができる昔と比べると、大きく変わったと思う。

 

 

 未だに男性優位で、特に年配の男性の中には今でも女性に偏見を持っている人は多いものの、それも世代の交代とともに変わっていくかもしれない。

 

 

 もちろん、女性の活躍の幅が広がるのは嬉しいことだ。でも、いわゆるフェミニストと呼ばれる人たちの意見は、過剰だと思うことが多い。

 

 

 男女平等。今までは男性優位の社会だった。けれど、だからといって、女性が優位になってしまえば、何も変わらない。それまでの社会が入れ替わっただけ。

 

 

 本当の「平等」はそうじゃない。性別とか関係なく、個人がそれぞれの能力や好悪で活躍できる社会。それこそが、本当の平等じゃないかと思う。

 

 

 男だから。女だから。男なのに。女なのに。その声は、今でもそこら中で聞こえてくる。

 

 

 どちらかを優遇するというのも、ある意味では差別だと思う。その天秤がまっすぐにならない限り、平等ではないのだろう。

 

 

 髪は女の命。でも、男の人にだって、頭髪が薄いことを気にしている人たちだって、たくさんいるし、スキンヘッドの女がいてもいいじゃないか。

 

 

 三つ編みに、してみようかしら。伸ばして、三つ編みに。耳の横で揺れる自分の髪を見て思う。

 

 

 スミタ、ジュリア、サラ。三人の女性がつないだ髪の毛。その血脈は、遠く離れた国に住む私の中にも、きっと残っているのだから。

 

 

苦難を乗り越えて

 

 スミタは不思議な気持ちで目が覚める。今日は生涯忘れられない一日になる。今日は娘が学校に入る。

 

 

 スミタは学校に足を踏み入れたことがない。ここバドラプールの村で彼女のような人間は学校へ行かない。

 

 

 スミタはダリット。不可触民。カーストの外、制度の外、あらゆるものの枠外にいる。

 

 

 朝はいつも同じ。着替えて、ラリータの髪をとかし、ナガラジャンにキスをする。そして籐籠を持つ。

 

 

 鼻をつくしつこい悪臭を放つこの籠を、重く恥ずかしい罪でも背負うように、一日中、持ち運ぶ。彼女の人生とは、そういうもの。

 

 

 それが彼女の義務、この世の居場所。英語ではスカヴェンジャー、すなわち「廃品回収者」。現実はそんな生易しいものではない。

 

 

 スミタがしていることを表現する言葉はない。一日中、他人の糞便を素手で拾い集める。スミタは息を止めること、無呼吸で生きることを覚えた。

 

 

 巡回は七時に始まる。スミタは籠とほうきを持つ。毎日二十軒の汲み取りがあるから、ぽやぽやしている暇はない。

 

 

 給料として残飯や、時には古着が床に投げられ、与えられる。触っても、見てもいけない。たまに、何ももらえない。ジャート族のある一家は、何か月も前から何もくれない。

 

 

 ジャート族が何をやりかねないか、スミタはわかっている。だから次の日も、彼らの家に行く。

 

 

 だが今朝は、いつもと違う。スミタは決めたのだ。当然のこととして決断は下った。娘は学校へ行く。

 

 

 ラリータを巡回には連れていかない。ラリータは学校へ行くのだ。美しい娘。品の良い顔立ちで、腰まである長い髪は、スミタが毎朝とかして編む。

 

 

 わたしの娘は読み書きができるようになる、そう思うと嬉しくなる。そう、今日は生涯忘れられない日になるだろう。

 

 

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