妹を追って謎のゲームに身を投じる『カラヴァル』ステファニー・ガーバー


 何が本当で、何が嘘か、わからない。これはきっと夢。それとも、現実なのかな。真実は、いったいどこにある?

 

 

 煌びやかなサーカスの真ん中に、私は立っていた。色鮮やかなピエロ。鳴り響くラッパの音。ライオンの鳴き声。目に映る光景が、まるできらきらと輝いて見えた。

 

 

 一緒に来たはずの母が、隣にいなかった。幼い私はひとりぼっち。いや、母は私が二十歳の頃にいなくなったはず。ここにいるわけがない。

 

 

 これは夢。きっと、そう。だって、私の視線がこんなに低いはずがないもの。私の視線は、風船を持ったピエロの腰までしかなかった。

 

 

 おかしな夢。もしかしたら、『カラヴァル』はこんなふうな光景だったのだろうか。夢と現実が曖昧になった、きらきらした世界。

 

 

 『カラヴァル』を読んだのは、いつだったか。幼い頃だったような気もするし、最近のような気もする。ついさっきまで読んでいたような気さえする。

 

 

 奔放な妹のテラを追いかけて、姉のスカーレットは船乗りのジュリアンとともにカラヴァルへと辿り着く。

 

 

 レジェンドによって支配されたその場所は、魔法の力が溢れた不思議な場所。ゲームが開催されていて、勝利したものは願いをひとつ叶えられる。

 

 

 スカーレットは妹を取り戻すため、カラヴァルのゲームに参加する。レジェンドから下される課題を、彼女はジュリアンと協力しつつ乗り越えていく。

 

 

 何が嘘で、何が本当かわからない。何も信じてはいけない。疑惑と虚構のゲームに、スカーレットは呑み込まれていく。

 

 

 夢みたいな、けれど、明るい夢じゃない。その物語はどこか悪夢のような陰がある。まさしく夢のような場所であるカラヴァルを舞台としているのに。

 

 

 けれど、そんな中でも、灯りはある。最初は険悪だったのに、少しずつ距離を縮めていくスカーレットとジュリアンには、胸をどきどきさせて読んでいた。

 

 

 赤色のドレスの令嬢とタキシードの男がステージで優雅なダンスを踊っている。ぼんやりと眺めていた私は、ふと立ち上がった。その二人は、父と母だった。

 

 

 思わず駆け寄る。けれど、距離は縮まらない。脚が短い。私が幼いからだ。二人は踊りながら、どんどん遠くへと去っていく。

 

 

 涙を流して、声を絞り出して、私は追いかけた。けれど、サーカスの歓声にかき消されて、自分の声はちっとも聞こえない。

 

 

 駆けて、駆けて、駆けて。私の足が絡まって、私はその場に身を投げ出した。全てがスローモーションのように。

 

 

 気が付くと、私は天井に向かって手を伸ばしていた。頬に涙の感覚がある。私ははあとため息を吐いて身体を起こした。

 

 

 そう、父も母も、もういない。二人はあのままどこかに去っていってしまった。それにしても、まさか夢で泣くとは思わなかったけれど。

 

 

「あら、起きた?」

 

 

 扉を開けてきた彼女を見て、私は目を見開いた。自分の手を見下ろす。そこにあるのは、幼い頃の、小さな手のひらだった。

 

 

願いを叶えるカラヴァルのゲーム

 

 スカーレットの心はいつもより鮮やかな色に染まっていた。燃える石炭の激しい赤。新芽の力強い緑。羽ばたく鳥の荒々しい黄色。

 

 

 ついにレジェンドから返事が来た! 手紙を読み返した。もう一度。そして、もう一度。偽物なんかじゃない。

 

 

「ドナテラ!」

 

 

 スカーレットは階段を駆け下りて、地価の蔵に妹のテラを探しに行った。オイルランプの琥珀色の光が樽を照らしている。

 

 

「こっちよ。スカー」

 

 

 テラがだらしない笑みを浮かべている。はちみつ色の巻き毛はくしゃくしゃで、ショールが床に落ちている。スカーレットがぎょっとしたのは、その腰に抱き着いている若い船乗りのせいだった。

 

 

 ジュリアンは美しい顔と小麦色に輝く肌を持つ長身の船乗りで、一ヶ月ほど前にトリスダ島にやってきた。

 

 

 テラはスカーレットが持っている手紙に目を向けた。手紙の縁の金箔が光っている。金色のは魔法と願いの色。そして、未来の出来事を約束する色。

 

 

 メリディアン帝国、属州トリスダ島、ドラグナ邸、告解室

 スカーレット・ドラグナ様

 

「カラヴァルのゲームマスターから」

 

 

「えっ、返事が来たの? びっくり!」

 

 

 チケットに新たな文字が現れる。そこには、入場できる日と、『ゲームの勝者の願いをひとつ叶える』という旨が書かれていた。

 

 

「あと三日しかない」

 

 

 スカーレットは呟いた。もし日付が三か月後だったら、ううん、三週間後でもいい。せめて結婚式のあとだったら。結婚前に島を出るなんて無理。危険すぎる。

 

 

「行くなら、おれが連れていってやるよ。船にこっそりもぐりこませる。ただし、タダってわけにはいかない」

 

 

 ジュリアンはチケットに目を向けた。濃い睫毛が深い茶色の目を縁取っている。

 

 

「断るわ。見つかったら、大変なことになるから」

 

 

 幼いころ憧れていたカラヴァルが、今初めて手の届くところまで来ている。自由。選択。奇跡。魔法。美しく、そして、愚かな夢。

 

 

 階段が軋る音が聞こえて、スカーレットははっと口をつぐんだ。二人の父、ドラグナ総督が階段を下りてきた。

 

 

 ジュリアンと総督が握手を交わす。ジュリアンはすぐ手を引っ込めようとしたが、総督はその手を強くつかんだまま離さない。

 

 

「では、聞こうか。どちらの娘を味わった? 真実を告げよ。さもないと」

 

 

 兵士たちが一歩前に出た。ジュリアンが目でテラに問いかける。彼はテラが促したその通りに、「スカーレット」だと答えた。

 

 

 バカな人だ。テラをかばって嘘をついたつもりでいる。逆なのに。罰を受けるのはスカーレットではない。父は娘のどちらかが反抗すると、もう一人の娘を痛めつけるのだ。

 

 

 総督は腕を振り上げてテラの顔を平手打ちした。テラはよろけてひざをつき、頬から赤い筋がいくつも流れた。

 

 

 目の前で妹がぶたれるのは、なによりつらい罰だった。ドラグナ総督は満足げに後ろに下がると、スカーレットの方を向いた。

 

 

「申し訳ありません、お父様。愚かな過ちを犯しました。もう二度としません」

 

 

「その言葉を忘れるな。結婚式が十日後だ。結婚までになにか事が起きたら、妹の顔が傷つく程度ではすまないぞ」

 

 

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