世の中はなんて生きづらいのだろう。「らしさ」を求められて、「自分」を出したら見放される。それなのに、「個性」を大切にだとか、偉そうなことを言ってくる。
私がうつ病になったのは、初めての職場で働いていた頃のことだ。先輩が悪い。職場が悪い。でも、なにより、その環境にさせている自分が悪い。そう頑なに思い込んでいた。
思えば、私はあの時、そのように見える眼鏡をかけていたのだろう。そのことに気付いたのは、うつ病で仕事を辞めて、『みらいめがね』を読んでからのことだったのだけれど。
勤め始めた頃の気持ちが、いつの間にかなくなっていた。笑顔が作れなくなり、休日でさえかかってくる電話に怯えるようになった。
上司との折り合いが悪くなったのは、朝の会議に二度目の遅刻をしてからだった。それからは、上司からの対応が冷たくなっていく。
そして、私自身も、上司に対して質問が上手くできなくなっていった。次第に私は職場で孤立し、孤独になっていく。
それも、私がそう思い込んでいただけ。思い返してみれば、私のことを気にかけてくれていた人は何人かいた。私が気が付かなかっただけだ。
このまま、私はここに勤め続けるのだろうか。そんな人生に、はたして生きるだけの価値があるのか。
そう思い始めたのが、仕事に就いて一年ほど経った頃のことだ。誰もが本気に捉えなかったけれど、私だけは真剣だった。
「いつまでも学生気分でいないで、社会人らしくしろ」
上司からはよく、そんなことを言われていた。社会人らしさとは何だろうか。いくら考えても、その答えは出てこなかった。
うつ病はそこまで重いものではなかった。食欲もあったし、寝れないなんてこともなかった。看護婦からは「うつ病ではないと思います」とまで言われた。
けれど、私はあの時、間違いなくうつ病だった。それは、今になっても確信を持って言えることだ。
社会人らしさ。うつ病らしさ。世の中というものは、とにかく枠に当てはめたがる。自分の思う枠に他人を当てはめて、それがどうかと判断をする。
世の中に生きる誰もが「らしさ」の眼鏡をかけていて、ありのままではなく、歪んだ世界を見ている。
会社を辞めた時、私は「社会人らしさ」の眼鏡を自ら外した。それは、ひとつの枷から解き放たれたような解放感があった。
『みらいめがね』の著者である荻上チキ先生は、うつ病なのだという。それを隠すのではなく、さらけ出すことで、人の優しさを知った。
視界を隠す思い込みの眼鏡。それを外せば、文字通り、世界が変わる。生きづらい世の中だと感じるのは、私自身が生きづらい世の中だと見ているからだ。
私はかけている眼鏡を、そっと外す。たとえ見えづらくても、ありのままの世界を見ていたい。そうすればきっと、未来も素晴らしいものに見えてくるはずだから。
価値観は変わっていく
五歳の娘に付き合い、テレビを眺めている。気付けば自分も、複数のアニメ主題歌を口ずさめるくらいにはなっている。
彼女のお気に入りのアニメ作品には、お姫様やアイドルが登場する。ただ、どのキャラクターも、自分が子どもの頃と比べれば、現代っ子向けに様変わりしているのがおもしろい。
特にハマっている様子であるのが、『ちいさなプリンセス ソフィア』。ディズニーが制作しているテレビ向けアニメだ。
ソフィアは学校で、さまざまな人種のプリンセスたちと勉強をしたり、国の行事で仲間たちとドタバタしたりする。けれど、王子様と恋をしたりはしない。
昨今のディズニー作品は、それまでの作品の中にあった「お約束」を、ひとつひとつ塗りかえようとしているように見える。
視聴者にも、多様な人たちがいる。そんな社会の変化を、ディズニーは敏感に感じ取っているようなのだ。
『白雪姫』『シンデレラ』といった作品は、「素敵な王子様と出会い、困難を乗り越えて二人は結ばれる」という定番のストーリーだった。どのプリンセスも、受け身かつ家庭的な美人である。
女の子は受け身で、男の子は積極的。そんな古臭い図式も、時代とともに変わっていく。『美女と野獣』『アラジン』のプリンセスたちは、自分というものを持ち、積極的に冒険にも出かけていく。
「恋愛で末永く幸せに」という古い価値観が、作品の中でしっかりと否定され、自分らしさを自由に求めていいのだという価値観が肯定される。最近のディズニー作品では、こうしたコンセプトが繰り返されている。
ディズニー作品は、まずは「女の子らしく生きたら幸せになれる」というメッセージを送るのをやめた。そして、「人の生き方を笑うな」というメッセージを発信するようになった。
『ソフィア』世代の子どもたちが、これから「世間」によって理不尽に個性を潰されないようにするには?
まずは親の世代が変わったり、踏ん張ったりする必要があるのだなあと考えたりしている。まずは自分が、彼女たちを抑圧する「世間」にならないよう気をつけるところからか。
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