看護婦僧侶が波乱万丈な人生で見つけた幸せのコツ『まずは、あなたのコップを満たしましょう』玉置妙憂


夫が亡くなった。棺桶の中で眠るように目を閉じた夫を、私は半ば茫然と眺めていた。彼は、最期には満足できたのだろうか。ここ数日の私の心を占めるのは、そのことばかり。思い出すのは、彼が亡くなるまでの、数年のこと。

 

最初、夫に難病が見つかり、もう幾何の時間もないと知ったその日、私と夫は大きな喧嘩をした。私が病院に入院しようと説得するのを、彼が頑なに拒否したのだ。

 

夫は大の病院嫌いだった。風邪をひいてもただ眠って治そうとする人だった。だが、今度のはそんなものとは次元が違う。命にもかかわることだ。だが、夫はちっとも言うことを聞いてくれない。

 

夫は延命治療が嫌なのだと言った。私には、嫌う理由がわからなかった。生きられる時間が増えるのだからいいことじゃないか。私たちの会話は、いつも平行線を辿っていた。

 

もしも、そのままの状態で夫が亡くなっていたとしたら、私は多大な後悔を抱えることになっただろう。つくづく、あの時、あの本と出逢ってよかったと思う。

 

その頃、一冊の本を見つけた。『まずは、あなたのコップを満たしましょう』という本である。著者は、玉置妙憂さんという人だった。驚くことに、彼女は看護婦であり、僧侶でもあるのだという。

 

最初は、ギスギスしていた心を癒すために読み始めた。けれど次第に、もっと深く読み込むようになった。というのは、妙憂先生が、夫を看取った時の経験のことを書いていたからだ。そして、それはどこか、私と似ていた。

 

看護婦というだけあって、妙憂さんは夫に、病院に入るように主張したという。しかし、夫は入院しなかった。主治医から匙を投げられても、頑なに入院しようとはしなかったらしい。

 

結局、夫の意思を尊重し、彼女の夫は自宅で最期を迎えた。その時彼女は、夫の姿がきれいなのを、驚いたのだという。

 

病院で亡くなった患者は、点滴で身体に入れた水が染み出し、皮膚が剥けるのだと書かれている。患者を一秒でも長く生かすための措置は、患者自身のことは何も考えていない。ただ長らえさせることだけを目的とするからだ。

 

けれど、自宅で延命治療することなく亡くなった彼女の夫は、だんだん食が細くなり、眠るように亡くなったという。樹木が枯れるように静かなものだった、と。

 

以来、先生は、自分が今まで行ってきた西洋医学というものに疑問を持ち始めた。彼女が僧侶となる決心をしたのも、夫を看取った経験がきっかけであるらしい。

 

生きるということ。死ぬということ。幸せということ。普段は意識しないそれらが、その本には込められていた。大事なのは、何が良いか、ではなく、本人がどうしたいか、だと。

 

私がその時思ったのは、夫がどうしたいかなんて聞きもせずに、私自身の常識を今まで押しつけていた、ということだった。最期の迎え方なんて、夫自身のことなのに。

 

そう気づいた途端、私は、今までの自分が恥ずかしくなった。そして、素直な気持ちで、夫の好きなようにさせてあげようと思えたのだった。

 

結局、夫は病院には入院せずに、自宅で最期を迎えることを決意した。看護は大変で、徐々に弱っていく夫を見るのは心が痛んだけれど、最期の瞬間、夫は私の手をそっと握ってくれた。

 

彼の命がもう尽きたのだと気付いた時、私の目からは涙が止まらなかった。けれど、何よりも、彼がとても穏やかな表情で亡くなったことが、私には嬉しかったのだ。それこそが、夫の人生の証のように思えたから。

 

あの本は、私に大切なことを教えてくれた。夫が亡くなってしばらく経った今も、私はあの本から学んだことを気を付けつつ生きている。

 

それはきっと、ひとりの人間として、とても大切なことだと思うから。

 

 

幸せに生きることとは?

 

夫を我が家で看取ってから、はや7年が経ちました。以降は、プロの看護師として、高野山真言宗の僧侶として、多くの方々に接してきました。

 

ひとりの看護師として、また僧侶として遠慮なく言わせてもらうと、今の日本の終末期医療はあまり完成されたものではない、という気がしています。

 

積極的ながん治療を選ばなかった夫は、まるで樹木がゆっくりと枯れていくように、おだやかに美しく、旅立っていきました。

 

夫の看取りにまつわる体験は、西洋医学で培った常識をがらりと覆す、稀有なものでした。私の人生も、この日を境に一変したのです。

 

「人の人生とはやり直しが絶対にきかない」という当たり前の事実も、夫を自宅で看取る過程で痛感できました。過去と同じ場所で、同じ顔ぶれで、同じ出来事を再現することは決してできないのです。どんな手段をもってしても。

 

再生不可能、ぶっつけ本番の人生。そんな「一回性」に思いをめぐらせると、私は涙が出るほど、この「人生」というものが愛おしくてなりません。

 

もしあなたが「生きる」ことに、お悩みがあるのなら。大切な方が「生・老・病・死」で苦しんでいらっしゃるのなら。

 

私、妙憂のお話を読んでいただいて、心を少しでも軽くしていただけましたら、それほどうれしいことはございません。

 

 

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