無駄な延命治療をやめることで人は人間らしく死ぬことができる『穏やかな死に医療はいらない』萬田緑平


亡くなってしまった祖父の、最期の姿が目に焼き付いている。身体に何本も針を刺され、身体をベッドに縛られて、鼻にも口にも器具をつけて目を閉じている。そのままゆっくりと死んでいくのだと思うと、なんだか悲しくてたまらなくなった。

 

そんな祖父の姿を見たからだろうか、まだ若いにも関わらず最期のことを考えている僕は、しばしば「変わっている」と言われた。

 

そもそも、「死」のことなんてほとんどの人は考えることも口に出すことも躊躇われる。僕は別に「死」に対する忌避がなくて、嫌がられたり怒られたりすることも珍しくはなかったから、次第に人との議論はしないようになっていった。

 

代わりに、考えを深めるために僕が選んだのは、本を読むことだった。特に、ためになったのは、元外科医である萬田緑平先生の『穏やかな死に医療はいらない』という本である。

 

かつて大学病院に勤めていた萬田先生は、医師として多くの患者を看取ってきたという。延命治療のひとつである胃ろうの処置も経験したことがあるし、命を救おうと最善を果たそうとしてきた。

 

しかし、病院は「病気を治すところ」であり、もう死を待つだけの人に対しても、穏やかに看取るという発想をしない。チューブをつなぎ、胃に穴をあけ、あらゆる手段を用いても命を長らえさせようとするのだ。

 

けれどそれは、心臓が動いているだけ。呼吸をしているだけ。寝たきりで、動くことも喋ることもできない。苦しくても痛くても、それを訴えることすらできない。そんな状態からは、死んでようやく解放されるのだ。

 

思い出されるのは祖父の姿。それは、祖父自身が生きたいと言ったわけではない。医師に「助けて下さい」と言ったのは叔母だった。家族の言葉で祖父は、苦痛で人生に幕を下ろすことになったのである。そう思うと、やりきれない。

 

『穏やかな死に医療はいらない』によると、老年になり、その時が近づいてくると、患者は食欲が減ってくるという。

 

家族はその様子を見て心配する。けれど、それは「死」に向けた身体の準備であるという。老衰という穏やかな死に向かうために、身体はゆっくりと準備を始める。

 

それを、心配した家族や医師によって、無理やりに食事をとらされる。食べられない時には胃ろうや点滴で栄養を注ぎ込まれる。せっかくの自然な老衰は、不自然に歪められてしまう。

 

それが延命治療の実態である。萬田先生は、もっともいい幕引きは「老衰」だという。年老いていくことにより、自然に導かれて静かに幕を閉じる。過剰な薬も、慌ただしいナースコールも、肋骨を折る心臓マッサージも何もいらない。

 

生きるって何だろう。そんなことを、よく思う。と同時に、「死」とは何だろう、とも思う。生きるということを考えることは、「死」を考えることだ。

 

寝たきりで、ただ息をしているだけの状態を、果たして「生きている」と呼べるのか。そうまでして本人の意思もなく、苦痛と引き換えに命を長らえさせることは、ただの「生きてほしい」と願う家族のエゴではないのか。

 

その根底にあるのは、「死」への過剰な恐怖と忌避であると私は思う。死ぬことは自然なことで、誰の身にも必ず訪れることだ。

 

それに対して怖れを抱くから、「死」を迎え入れようとしている患者も自分と同じように死にたくないのだろうと勝手に思い込む。だから、「死」を遅らせようとする。

 

多くの人は「死」について考えることを嫌う。そもそも、問題はそこにあるんじゃないかと思う。「死」について考えること。それは誰にとっても他人事ではないのだから。

 

 

人生の幕引きと医療

 

現在僕は、「緩和ケア診療所・いっぽ」で「在宅緩和ケア医」として働いています。簡単に言うと「自宅で最後まで目いっぱい生きるためのお手伝い」です。もうちょっとカッコよく言うと、「人生の幕引きを手伝う舞台係」です。

 

その前は、大学病院で外科医として働いていました。外科医として病院に勤めていた頃、僕は患者さんの病気を治すべく奮闘してきました。もう治る見込みのない方や、自然な死が近づいているお年寄りにまで、同じような治療をしてきました。

 

当時の病院ではそれが当たり前であり、僕は自分の役割を果たすべく一生懸命働いていました。しかし、今振り返ると、患者さんを苦しめていただけだったかもしれないと思います。

 

今の僕は、人生の終わりを迎えようとしている患者さんには、「治療をやめたっていいんですよ。もう無理しなくてもいいんですよ」と伝えます。

 

もちろん、それでも患者さんやご家族が治療を続けたいというのなら、それを否定しません。でも僕は、治療をやめたほうがずっと穏やかで、人間らしい最期を迎えられることを知っています。

 

穏やかな死に、医療はいりません。そして穏やかな死を迎える場所として、自宅ほどふさわしい場所はありません。病院は病気との戦いの場です。今の日本において、病院で穏やかに死ぬことはかないません。

 

この本では、病院医療と在宅ケアの両方を見てきた僕だからこそ書ける終末期と死の現場についてお伝えしたいと思います。

 

僕がこの本で紹介することは、絶対的な正解ではありません。それでもすべて、僕が本当に体験し、自信をもってお伝えできることばかりです。

 

この本が、皆さんが終末期や穏やかな死、そして生きるということを考えるヒントになるならば、こんなにうれしいことはありません。

 

 

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