自由な時間こそ幸せ『あやうく一生懸命生きるところだった』ハ・ワン


僕は何のために頑張っているんだろう。仕事でくたびれた身体を引きずりながら帰っている途中、ふと、そんなことを思った。

 

お金を稼いでも、特にこれと言って欲しいものがあるわけじゃない。妻も子どももいない。親は「いざという時のために貯金しなさい」と言ったけれど、だったら僕はその来るかどうかもわからない「いざという時」のために働いているのかな。

 

そもそも、どうして働かないといけないのだろう。この答えは簡単だ。生きるため。住んでいる家の家賃を支払って、ものを食べるお金を得るために、働いている。

 

じゃあ、僕は何のために生きているのだろう。この答えも、なんとなくわかる。死ぬのは怖い。だから生きている。死なないために生きている。自分から死ぬ度胸もないから、誰かに命を奪われることを夢見ながら、生きている。

 

なるほど、つまり、僕は死ぬのが怖いから、苦しい仕事を必死にこなして頑張っているわけだ。いずれ解放されることを願いながら、この生き地獄を過ごしているわけだね。

 

その結論に辿り着いた途端、思わず足が止まった。働くのは苦しい。生きるのは苦しい。苦しくてたまらない生きることを続けるために、僕は苦しくてたまらない仕事をしている。

 

この気持ちは何だろう。ああ、そうだ。虚しさだ。苦しいだけの、空っぽの人生。気付いてしまったが最後、たとえ結婚しようが、たとえお金持ちになろうが、僕のこの空っぽはなくならないに違いない。

 

それなら、どうだろう。仕事を続ける意味は、果たしてあるのだろうか。ただただ苦しいだけの仕事なんて、いっそ辞めてしまった方がいいんじゃないか。

 

いや、でも、親に迷惑をかけることになってしまう。ここまで育ててくれた親に、少しでも親孝行ができるのなら、生きる価値というのも見出せるだろう。

 

なるほど、じゃあ僕は、親のために苦しくても生きる、ということか。自分の人生なのに。それもまた、虚しい。またひとつ、空っぽがぽっかり穴を開けた。

 

この前、一冊の本を読んだ。ハ・サンという韓国の人が書いた本。タイトルは、そう、『あやうく一生懸命生きるところだった』。

 

著者は、会社をやめたという。今まで会社とイラストレーターの二足の草鞋だったのを、主な収入源だった会社をやめた。

 

もちろん、生活は苦しくなったはずだ。でも、彼のエッセイからは、苦しみなんて何も感じない。むしろ、穏やかで、林のように静かな印象を受けた。

 

あやうく一生懸命生きるところだった。どこか矛盾しているようでしていないそのタイトルは、今の僕の胸を打った。

 

僕は一生懸命生きている。そして、きっと僕以外も。でも、一生懸命生きた先に、いったい何があるのだろうか。ご褒美なんてものは、どこにもないのだと、僕たちはとっくに知っているはずなのに。

 

その本は、いくつもの大切なことを教えてくれる。頑張っても何か返ってくるとは限らないこと。立ち止まることも、必要なんだということ。

 

人によっては、憤るかもしれない。そんなのは、ただの怠けだと。でも、僕はその本が、温かく許してくれているような、そんな気がした。

 

僕たちは馬だ。目の前ににんじんはないのに、尻を鞭で叩かれる。ゴールテープはない。倒れて死ぬまで、ただただ永遠に走り続けることを強要される。

 

休んでもいいじゃないか。僕は走りたくなんてないのに、どうして走らないといけないんだ。どうしてみんなは、そんなに必死で走っているんだ。

 

翌日、僕は会社を辞めた。清々しい気分だった。先のことは何も決まっていなかったけれど、ほら、辞めた会社から帰る時の青空は、こんなにも美しい。

 

 

あなたは何のために頑張ってるの?

 

ゲーテは言った。「人生とは速度ではなく方向」であると。ならば今、必死になって一体どこへ向かっているのだろうか? 頭から煙が出そうなほど考えてみた。でも、結局どこへ向かっているのかわからなかった。

 

だから立ち止まった。それがすべてだ。別に、何か胸に大志を抱いていたとか、計画があったから、まじめに勤めていた会社を辞めたわけではない。ふと我に返った時には、すでに辞表を出した後だった。

 

非常にまずい。そんなつもりじゃなかったのに。本当に会社を辞めてしまうのか? ああ、一体全体なんという大それた行動に出てしまったのだろう。それもこれも全部、ゲーテのせいだ。

 

過ぎた日々と残されたこの先の日々について考えることが多くなった。この生き方で正しいのか? もし、間違った方向に進んでいるのなら、今すぐ軌道修正せずにはいられない。

 

真剣に、力強く、自らに問う時が来た。間違わずに、前に進めているか? それを知るためにも、しばし立ち止まる必要があった。

 

言われるがままに我慢しながらベストを尽くし、一生懸命頑張ることが真理だとみじんも疑わずにここまで来た。そうして必死にやってきたのに、幸せになるどころか、どんどん不幸になっている気がするのは気のせいだろうか?

 

でも、もう疲れた。気力も体力も底をついた。チクショウ、もう限界だ。そう、40歳はターニングポイントだ。そんな理由から、決心した。今日から必死に生きないようにしよう、と。

 

正直なところ、この選択がどんな結果を生むのかはわからない。「頑張らない人生」なんて初めてだ。だからこれは、人生を賭けた実験だ。

 

一度くらい、こんな人生を歩んでみたかったんだ。あくせくせずに、流されるまま、どこへ流れ着くかもわからないけど、愉快な気分で堂々と。さあ、旅の始まりだ。

 

 

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