彼らはただの『自衛隊』でしかなかった。私はその時まで、彼らが人間だと思っていなかったのだ。
「自衛隊は違憲だろうに」
父は事あるごとにそう言っていた。父はいわゆる自衛隊反対派で、「自衛隊は解体すべきだ」と主張していた。
今にして思えば、父は根っからの政治家嫌いで、とにかく今の体制そのものに何かしらの難癖をつけたかったのかもしれない。
とはいえ、父が政治に精通していたかと言われれば、そういうわけではない。父の言葉はテレビのコメンテーターの意見そのものだった。
父自身は自衛隊や憲法についての知識すらも十分でなく、嫌うほどの何かがあったわけではない。
あとからわかったのは、一昔前に自衛隊が批判されたときの主張をそのまま持ち越していただけのことらしい。
しかし、当時の私は、時世に流されることなく自分の主張を貫いているように見えて、そんな父が誇らしく、尊敬していた。
私が自衛隊嫌いになったのは、父の影響が大きいだろう。しかし、私自身が嫌いであるからこそ触れないようにしていたのも、自衛隊嫌いを加速させた要因のひとつだ。
私は有川浩先生の作品が大好きで、『植物図鑑』や『フリーター、家を買う』などをよく読んでいた。
しかし、先生の書く作品に自衛隊が多いことだけは納得いかなかった。先生の作品は好きだけど、自衛隊が出てくる作品は避けるようにしていた。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとも言うが、まさに私はそれだった。自衛隊が出てくるから先生の作品が読めない。そんな八つ当たり気味なことすら思ったこともある。
その考えが改まったのは、東日本大震災の後だ。私は復興中の現地を訪れたことがあった。
被災してしまった街に散らばった瓦礫を、自衛隊の隊員たちが協力して片づけていた。テレビを通して見るのではない、現実の自衛隊を、その時初めて目にした。
彼らは松島基地の自衛隊員たちらしい。私は愕然とした。
松島基地が震災の被害を受けたことは知っていた。それに、彼らの家族もきっと住んでいたはずだ。
自衛隊自身も被災者なのだ。自分たちも苦しいはずだ。しかし、彼らは必死で他の誰かを助けるために行動している。
それが、私はどうだろう。彼らのそんな姿を知らず、理不尽に嫌悪し、批判していた。震災の復興にも、活動のひとつもしていない。
彼らは『自衛隊』というシステムではない。彼らもまた、私たちと同じ「人間」なのだ。泣き、笑い、怒り、喜ぶ。彼らも恋をして、そして家族を持つ。
そこには、父の語るような悪役はどこにもいなかった。ただ、誰かを助けようとする人たちがいる。それだけだった。
彼らのことを知ろう。私が有川浩先生の『空飛ぶ広報室』を読んだのは、そんな理由からよるものだった。
嫌悪に惑わされた真実の姿
その本を、私は夢中になって読み進めていた。あっという間に読み終わって、読後の虚脱感に身を沈める。
これほどまでにおもしろい本を、私は今まで見逃していたのか、と思った。ただ、自衛隊を嫌っていたばかりに。
『空飛ぶ広報室』はブルーインパルスに憧れていたパイロットが、不幸な交通事故によって資格を剥奪されたところから始まる。
彼は失意のもとに広報室へと異動させられる。そこは自衛隊をより多くの人に知らしめる役目を持っている。
彼はクセの強い広報室のメンバーや、長期取材に訪れた稲葉リカとの交流を通じて、過去ではなく未来へと目を向けていくことになる。
作中に登場する稲葉リカは自衛隊嫌いとして描かれている。彼女の目から見る自衛隊は、まさしく私の父、そして幼い頃の私自身が見ていた自衛隊の姿だった。
自衛隊は人間だ。それは言われると、『何を当然のことを』と思うかもしれない。しかし、はたして本当にその「当然のこと」を理解しているのだろうか。
警察。国会議員。政治家。首相。そして自衛隊。彼らは人間だ。しかし、私たちは彼らは役職で呼び、個人ではなく組織として見ている。
そういう目線で見た時、私たちははたして彼らを「人間」として接しているだろうか。組織という「システム」として見てはいないだろうか。
無知であるが故の、勝手な認識。ただの人間であるはずの彼らを、その認識の霧が覆い隠して、自分の思う姿に誤解させる。
作中には、震災の現地である松島での話が描かれていた。自分たちよりも人を助けることを優先させる彼らに、思わず涙ぐんでいた。
テレビや勝手な認識で得た姿はぼんやりとした曖昧な煙でしかない。実際にこの目で見て、接することで、私たちは初めてその本当の姿を知ることができるのだ。
失意のパイロットが広報室に
ブルーインパルスは全国の飛行隊から選ばれた精鋭集団である。ようやく戦闘機パイロットとしての第一歩を踏み出した若造にとっては遥か彼方の目標だ。
だが、そこを目指せる立場は手に入れた。戦闘機パイロットになれなければブルーインパルスを目指すことさえできないのである。
それから五年。順調に二尉の階級に辿り着いた二十八歳の春。彼の辿るべき道は、突如として断たれた。
彼には何ら落ち度のない事故だった。歩道で信号待ちをしていたところへ、大型トラックが突っ込んできたのである。
被害者は重傷一名、軽傷八名。その重傷者も負傷は右足の骨折だけで命に別状はない。事故の規模から考えれば幸運だったと呼ぶべきだろう。その重傷者が彼でさえなければ。
手術と入念なリハビリの結果、彼の右足は日常生活に支障がないほど回復した。趣味のレベルならスポーツさえ楽しめるほどに。
だが、F-15を駆る戦闘機パイロットである彼が職務を全うするにはその回復の度合いは到底足りなかった。
結果として彼はパイロット資格剥奪の処遇となった。適性を満たせなくなった者でもパイロット業務に就くことは可能だが、彼の場合はその措置さえ叶わなかった。
彼は築城基地の監理部総務班へ転属となり、降りかかった運命を半ば呆然と受け止めた。一年経った今でもまだ呆然としていた。
いつのまにやら迎えた二十九歳の四月、彼に辞令が下った。築城基地の総務班から転勤した先は、防衛省――航空自衛隊航空幕僚監部広報室であった。
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