死神と過ごす最期の7日間『死神の精度』伊坂幸太郎


「やあ、探し物かい」図書館の書架の前でうろつく僕に、彼は突然声をかけてきた。どうしてだろう、にこやかな笑みを浮かべているのに、なぜだか、悪寒がした。

 

「ええ、まあ」僕は答えながら、彼の全身を眺めた。ほっそりとしていて、女性との見まがうほどの優男である。司書だろうか。僕が悩んでいるのに見かねて? いや、名札がない。違う。

 

「探すの、手伝ってあげようか?」

 

「え、いえ、申し訳ないので……」知らない人に手伝わせるのは、と断ろうとするが、彼は「いいからいいから」と取り合ってくれない。

 

「で、何を探しているの?」

 

「えっと……」僕は諦めて、ひそかにため息をつきつつ、スマホのメッセージアプリを開いた。そこには彼女からの依頼が残されている。今、僕がここにいる理由だ。

 

「『死神の精度』っていう本らしいんですけれど……」

 

「ああ、あれね。うん、俺も好きだよ。ええっと、どこだったっけなぁ……」

 

さらっと答えて彼は歩き出した。迷うようなことを言いながらも、その足取りにさっきの僕みたいな不安さはない。僕は彼の後をついていった。

 

「ああ、あった。はい、これだね」

 

「ありがとうございます」

 

彼が本棚から抜き取って差し出した本こそ、まさに『死神の精度』だった。良かった。彼のおかげで早く見つかった。最初はアヤシイ人かもと思ってしまったのが、今は申し訳なく思っていた。

 

「いやいや、いいってことよ。君は伊坂幸太郎、好きなの?」

 

「い、伊坂……?」

 

「その本の作者だよ」

 

「あー……すみません、この本読むの、僕じゃないんです。彼女に借りてきてって頼まれて」

 

「ふぅん、彼女にねぇ……」彼は意味ありげに呟く。や、やっぱり何か怪しい。かと思えば、彼は僕の手の中にあるその本を指差して、それから僕を指差した。

 

「君は読まないの、それ」

 

おもしろいよ、と彼は続ける。僕は曖昧な苦笑いを浮かべた。読書は苦手だ。図書館に来るのも初めての経験だった。

 

「死神が仕事をするのは七日間。死神は対象を観察して、『可』か『見送り』かを決める。『見送り』ならそのまま生きて、『可』なら七日目に病気以外の何かで対象は死ぬ」

 

「はあ」『死神の精度』の話だろうか。

 

「この本には千葉っていう男が出てくる。彼は晴れた空を見たことがない」

 

「それって死神だから?」

 

「いや、彼だけだね。彼が仕事をする時はいつも天気が悪い。この本にはね、彼が関わった六つの仕事が描かれているんだよ」

 

彼の言葉を聞いていると、情景が頭に浮かんでくる。雨の中、傘を差している男。彼の目の前には、ひとりの女性の姿がある。

 

「ところで、死神はみんな無類の音楽好きらしくてね、CDショップに集まるらしい。君のそばには、そういう人はいるかな」

 

「いやいや、小説の中の話でしょ。そんな人、身近にいるわけ……」

 

言いかけて、僕は言葉に詰まった。いや、いる。最近知り合ったばかりの人。音楽が好きで、ちょっと変わった雰囲気の……。もしかして彼が、いや、そんなわけ。

 

「思い当たる節があるって顔だね」

 

「え、じゃあ、彼が……? 僕はあと一週間で」

 

死ぬってこと? 僕が茫然としていると、彼は突然ふっと笑った。

 

「あはは、冗談だよ。死神なんてのは小説、フィクションだよ。そんなわけないじゃないか、ねぇ?」

 

彼はにこやかに笑った。僕は笑えなかった。

 

 

クールな死神が出会った六つの物語

 

ずいぶん前に床屋の主人が、髪の毛に興味なんてないよ、と私に言ったことがある。

 

彼はその五日後には通り魔に腹を刺されてしまったのだが、もちろんその時にはそんな未来を予期していたはずもなく、声は生き生きとしていた。

 

「それならどうして散髪屋をやってるんだ?」

 

訊き返すと彼は、苦笑交じりにこう答えた。

 

「仕事だからだ」

 

まさにそれは私の思いと、大袈裟に言えば私の哲学と一致する。私は、人間の死についてさほど興味がない。

 

人の死には意味がなく、価値もない。つまり逆に考えれば、誰の死も等価値だということになる。

 

だから私には、どの人間がいつ死のうが関係がなかった。それにもかかわらず私は今日も、人の死を見定めるためにわざわざ出向いてくる。

 

なぜか? 仕事だからだ。床屋の主人の言うとおりだ。

 

 

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