私はメールに書かれた文面を見てため息を吐いた。そこに書かれているのは彼からの、どこか愛想のない文章。
彼との仲が近頃、ぎくしゃくしている。理由はわかっていた。わかっていても、どうしようもないのだ。
彼との交際は、そろそろ半年にも差し掛かる。けれど、こんなに長い期間、ぎこちないのは初めてのことだった。
きっかけはつい二週間前。私と彼はホテルに泊まった。思わず身を固くしたけれど、むしろ友達とかの話を聞いた限り、よく我慢してくれたのだろう。
もちろん、私も彼も、高校生とかの年齢ではない。もう立派な大人の男女だ。これから何をするかなんてわかっていたし、そういうことだろうともわかっていた。
しかし、いざそうなるともなると、私はガチガチに緊張していた。それがいけなかったのかもしれない。
自分に覆いかぶさる彼に触れられたとき、思わず身を固くしてしまったのだ。彼に対して、怯えてしまった。
彼は手を引っ込めて、代わりに私の頭を撫でた。今日はもう、寝ようか。今さら否とも言えず、その日は結局、何もしないままだった。
しかし、その日以来、私は彼に触れられたとき、ほんのちょっと指先が当たるだけでも、思わず身が竦むようになってしまった。
彼はそんな時、どこか寂しげな笑顔をして、気づいていないふりをしてくれる。でも、どうやら私に触れないように気をつけるようになったことはわかった。
それは彼の優しさだろう。そう、彼は優しい。そして、その優しさが、私を遠ざけようとしている。
私は後悔した。彼の優しさに甘えて彼を傷つけたのは私だ。触れられるのを怖がっているわけではないのだと、どうすれば彼に伝わるのだろうか。
でも、どうやって伝えればいいのか。言えるわけがない。彼に触れられるたびに、思い出して意識してしまっているだなんて。
しかし、そうも言っていられなくなっているのもわかっていた。彼と会うのも、彼のメールも、次第に減ってきている。もう何日も、まともに話していない。
友達からもよく、喧嘩したの、と聞かれるようになった。はては、別れたの、なんて聞いてくる子もいた。
このままだと本当にそうなってしまうかもしれない。その想像をするたびに、私は胸が張り裂けそうなほど悲しくなった。
でも、どうすればいいのか、私にはわからなかった。このままだと、今日もまた、眠れない夜を過ごすのだろう。
触れたいけれど触れられない
私は本が好きだ。特に、恋愛ものの小説が私の本棚にはいっぱい詰まっている。
そんな私の最近のお気に入りは、有川浩先生の『図書館戦争』シリーズだった。
私が恋愛ものが好きなのだと知った彼が、おすすめしてくれた思い出深い作品なのだ。ぎこちなくなってしまった今、読んでいると彼を思い出して少し寂しくなる。
最初はSFミリタリーものなんて堅苦しいのは苦手だったけれど、『図書館戦争』シリーズは読みやすかった。
合間に挟まる恋愛色がとても強い作品だったからだ。主人公の笠原郁と堂上篤が鉄板だけれど、手塚とか、柴崎とか、小牧と毬江とかのサブキャラたちもとても魅力的。
完結編である『図書館革命』を読み終えたのが、つい先日のこと。そして、今読んでいるのは番外編となる『別冊図書館戦争Ⅰ』だった。
これはもう、甘い。とにかく甘い。番外編と言うだけあって恋愛に全力だ。『ベタ甘警報発令中』の売り文句は伊達ではない。
その中でも郁に強く共感してしまったのは、やっぱり彼女と私が、今、似たような状況に立っているからだろう。
喧嘩していないのに、すれ違っている。どうすれば元に戻るのか、わからない。読みながら、私までうんうんと頷いた。
けれど、郁はどこまでもまっすぐだ。私は彼女みたいにはなれない。彼女みたいに素直にまっすぐ突き進むことはできない。
でも。彼女みたいになれなくても。せめてほんの少し、彼女みたいに勇気を振り絞ったら、私も彼女に近づけるだろうか。
そうすれば、彼も、また触れてくれるだろうか。頭を撫でてくれるだろうか。
私は携帯の操作をする。液晶に映っているのは、彼の名前。私は深呼吸して意を決すると、メールの文字を打ち込んだ。
ようやく想いが通じ合った二人のもどかしい恋
堂上が復帰してから、郁にはとても人に言えない悩みができた。堂上が入院していた時と比べて、キスできる機会が減ったのだ。
堂上が入院していた間は個室だったので、とりあえずは場所に困ることはなかった。だが退院するとお互い寮暮らしである。
しかも堂上は一人部屋だが郁は柴崎と二人部屋だ。人の気配に聡い柴崎が、夜中に郁が部屋を抜け出して気づかないわけがない。
クリスマス、などという個人的イベントは図書隊関係者には存在しない。堂上が実家に帰るのは元旦、二人で会うのは二日と三日の予定だった。
郁は寮で留守番兼自主待機である。と、そのとき携帯が着信音を鳴らした。液晶を見て心臓がどきんと跳ねる。家に帰っているはずの堂上からだ。
慌てて出ると、応じたのは女の声である。頭の中が真っ白になった。
と、そこで嫌な感じを作っていた女の声がこらえかねたように吹き出し、電話の相手が堂上に変わった。
堂上によると、彼女は妹らしい。電話の合間に聞こえてきた口喧嘩の間合いは明らかに兄妹のものである。
郁は年始の挨拶をくれる途中で妹に携帯を奪われたものだと思っていたので手早く電話を終わらせようとしたのだが、堂上にはまだ用事があるらしい。
「お前、今暇か?」
暇かと問われればこれほど暇な状況もない。郁にとって休暇の本番は明日からである。
「暇ならうち来るか。……気が向けばでいいけど」
即答できずに郁は携帯を持ったまま凍りついた。
別冊図書館戦争I 図書館戦争シリーズ(5) (角川文庫) [ 有川 浩 ] 価格:691円 |
関連
表現の自由のために戦い続ける図書館員たちのSFミリタリー『図書館戦争』有川浩
メディア良化委員会と図書隊員は本をかけて戦い続けていた。図書隊に憧れて入隊した笠原郁は、エリートとされる図書特殊部隊への配属が命じられる。
表現の自由に疑問を覚えている貴方様におすすめの作品でございます。
図書館戦争 図書館戦争シリーズ(1) (角川文庫) [ 有川 浩 ] 価格:733円 |
メディア良化法の牙城に反撃の楔を打ち込む『図書館革命』有川浩
長きにわたるメディア良化委員会と図書隊員との戦いにもとうとう終止符が打たれる。そのきっかけとなったのは、原発テロを発端に始まる作家に対する言論狩りだった。
言葉狩りに疑問を呈する貴方様におすすめの作品でございます。
図書館革命 図書館戦争シリーズ4 (角川文庫) [ 有川 浩 ] 価格:733円 |