事件の鍵を握るオカルトを科学で解決する『予知夢』東野圭吾


 ああ、この光景、いつだったか、見たことがあるような気がする。俺は漠然と、そんなことを考えていた。

 

 

 デジャヴ、というものがある。その光景が、かつて自分が見たことがあるような気がする現象のこと。つまり、既視感だ。

 

 

 今までも何度か、俺はデジャヴを感じたことがあった。何気ない日常に、ふと、既視感を覚えるというようなことは、きっと誰でも一度は経験があるだろう。

 

 

 だが、その時の光景はそれまでのそれよりも遥かに強い既視感だった。興奮で全身に血が巡っていたせいも、あるかもしれない。

 

 

 いや、俺はたしかに、この光景を知っている。やはり、既視感などではない。俺は、この光景を一度、何らかの方法で見ているのだ。

 

 

 未来予知。その言葉が頭に浮かぶ。あまりにも荒唐無稽な話だ。なぜこんな時に、そんなことに想いを巡らせているのだろうか、俺は。

 

 

 こんな、俺のまさに目の前に、倒れたまま動かない、息もしていない人がいるような状況で。

 

 

 彼は俺の友人だった。そして、彼がこうなってしまった理由を、俺だけが知っている。俺が彼の頭を殴ったからだ。彼はそのまま、動かなくなった。

 

 

 なんとかしなければ、俺は警察に捕まってしまう。だというのに、頭の中は妙に冷めていて、気が付けば別のことを考えている。現実逃避なのかもしれない。

 

 

 予知といえば、東野圭吾先生の『予知夢』を思い出す。物理学者である湯川学と一課の刑事、草薙のコンビを主軸としたミステリだ。

 

 

 ガリレオシリーズで特徴的なのは、科学によって解決できる事件が数多くあることだ。しかし、『予知夢』はその中でもなお、普通のミステリとは違っていた。

 

 

 『予知夢』ではオカルトめいたことが多くなる。予知夢や幽霊、ポルターガイストみたいなものだ。

 

 

 一見、科学とは対極にある、むしろオカルトに属するようなことを、湯川は科学で解決する。

 

 

 その瞬間には、すっきりするような、感嘆するような、いつも不思議な心待ちがするのだ。

 

 

 俺は『予知夢』を読んで、嫌いだった化学が少しだけ好きになった。とはいえ、科学オンチであることに変わりはないが。

 

 

 オカルトなんて存在しない。この世のすべては科学で解明できる。それは、本当のことなのだろうか。

 

 

 俺はオカルトは信じていない。科学オンチだが、自分の目で見たもの以外は信じないと決めている。

 

 

 だが、それなら、この強い既視感の正体はなんだろう。俺は、間違いなくこの光景をどこかで見たことがあるはずなのだ。

 

 

 それがもしも予知夢であったというのなら、俺がこの結末を変えることのできるチャンスがあったということかもしれない。

 

 

 未来を読む。そんなことができたなら、どれほど便利だろうか。作中の湯川の解説によると、世界中に予知夢の話があるのだという。

 

 

 その内容を、調べてみるのもいいかもしれない。もしも、俺の予知夢が「本物」なら、どうか頼む、俺が無事に罪を逃れる予知を見せてくれ。

 

 

 さて、そろそろ現実に帰る頃かもしれない。いくら『予知夢』を思い出したところで、目の前の彼が消えるわけじゃない。

 

 

 そんな現実にも、たったひとつだけ、物語の世界よりもいいことがある。あらゆる事件を解決する天才物理学者、湯川学が現実には存在しないことだ。

 

 

彼は未来を知っていたのか

 

 屋敷の周りにはレンガ造りの高い塀が巡らされていたが、それを乗り越えるのは造作のないことだった。そのままためらわずに侵入する。

 

 

 敷地は広く、屋敷は大きい。詳しい間取りを男は知らなかった。知っているのは、レミの部屋がどこにあるか、だけだ。しかしそれで十分と言えた。

 

 

 男は物置のそばに立って、屋敷を見上げた。すぐ上にバルコニーがある。そこまで行けばレミに会える。

 

 

 物置の屋根に両手をかけ、屋根に上る。男はバルコニーの柵に手をかけた。猿のようにぶら下がり、バルコニーによじ登った。

 

 

 男は掃き出し窓に手をかけた。軽く横に力を入れてみると、すっと開いた。レミ、やはり君は待っていてくれたんだね。

 

 

 窓を数十センチ開けると、彼は靴を脱ぎ、室内に足を踏み入れた。ついにあのレミの部屋にやってきたのだ。

 

 

 彼の目はセミダブルのベッドを捉えた。その上では、彼が夢想し続けた娘が、柔らかそうな布団に包まれて眠っていた。

 

 

 彼は一歩二歩とベッドに近づいた。花のような香りが漂ってきた。レミは目を閉じている。なんと美しい。

 

 

 彼は右手を伸ばしていった。彼女の頬に触れようとした。そうすればすべてが始まるのだと信じていた。

 

 

 今まさに指先が頬に触れようとする時だった。空気の動く気配がした。彼は後ろを振り返った。ドアが開き、誰かが立っていた。

 

 

 「レミから離れてっ」激しい口調で言った。その相手は手に何か持っていた。黒光りする長い銃身が彼の目に飛び込んできた。

 

 

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