ひどい点数だな。私がそう呟くと、息子がぶすくれた表情でそっぽを向いた。けれど、黙ったままということは、息子自身もそう思っているのだろう。
息子の渡してきたテスト用紙の右上には、散々な文字が大きく赤文字で書かれている。赤点だった。
問題を見ていくと、文章問題が特にひどかった。空欄のまま出されているものが多い。つまり、それは考えてすらいないということだ。
「数学、おもしろくないんだよ」
息子がぼそぼそと呟いた。小学生の頃の息子は算数が大好きだったが、やはり数学と算数は別物らしい。
算数では優等生だった息子は、数学になると頓と難しいらしい。私はテスト用紙を息子に返した。彼は居心地悪そうに私をちらちらと見る。
「数学がおもしろくない、か」
私から言わせれば、それは彼の問題というよりも教える側の問題である。この点数を取ったことについて、深く思い悩むこともないだろう。
「教える側ってことは、先生の問題ってことか?」
それもあるとは思うけどね。どちらかといえば、教育そのものの問題だと思うよ。私がそう言うと、彼は首を傾げた。
「どういうことだよ?」
今の日本の数学は単純作業の繰り返しだから。そりゃあ、つまらないよ。ただ、それが普通とされているからね。
私は学校の教え方は好きじゃない。数学で本当に必要なのは四則演算さえできれば十分だというのが私の考えだった。
「でも、そういうわけにもいかないだろ。数学を楽しくするには、どうすればいいんだ?」
楽しくしたいんなら、授業とは別のところで、数学そのものへの興味を持って、自分から調べていくことかな。数学の楽しいことは、ほとんど教えてもらえないから。
「じゃあ、僕たちは数学のつまらないところを教えてもらっているってこと?」
息子の問いに、私は頷いた。まさしくその通り。一見将来に役立つことは、いつだってつまらないことだから。
たとえば、「四色問題」って、知っているかな? 授業では教えてもらっていないはずだ。
そうだな、この本、『面白くて眠れなくなる数学』の表紙、これがいわゆる「四色問題」だね。
そこには、小さな細胞のようなものが集まってできたドーナツのようなものが書かれている。
「四色問題」っていうのはね、同じ色が隣り合わないように色を塗っていくとすると、それができる最小限の数は四色だという証明のことだね。
「それのどこが数学なんだよ」
そう思うのも無理はないけど、これもちゃんとした数学の問題だよ。それも、証明されるまでに百年以上もかかっている難問だったそうだね。
本来、数学の問題なんていうのは、私たちが学ぶような「計算」のことだけじゃない。長い間、証明されていない問題だってまだまだある。
私たちの日常にだって、数学はひっそりと生かされているんだよ。たとえば、クレジットカードの番号に法則があることを知っているかな?
授業で学ぶのは、氷山の一角でしかない。知れば知るほど、数学は面白いものだよ。大事なのは、自分で調べ始めることだね。
「で、でも、そんな『四色問題』だとかが、将来に役に立つのかよ」
立たないだろうね。でも、楽しい。それだけで、充分じゃないかな。調べるきっかけなんて。
歴史上に名前が残っている数学者の中には、学校にすら通っていない人だって大勢いる。あのアインシュタインは、学校の数学の成績が優れていたわけじゃないんだ。
あの人たちをこれほど優れた数学者にしたのは、好奇心だよ。将来に必要じゃなくても、それが楽しいから調べる、そんな自分から動ける人。
「へえ、じゃあ数学が苦手な俺でも、数学者になれるとでもいうのか?」
なれるとも。私がにやりと笑って即答すると、息子は絶句したようだった。
むしろ、私は息子だけじゃなく、どんな人であっても、望めばその道を歩めると考えている。好奇心と、数学に対する諦めない心さえあれば。
まずは、ほら、この本を読んでみなよ。とっかかりには、いいかもね。出された問題を解くんじゃなくて、新しく問題を見つける。それこそが、数学の本質だよ。
日常に潜む数学
数学には、誰にでも理解できるほどわかりやすいにも関わらず、解決には長い時間が必要となる問題があります。
数学の面白さはいたるところに隠れています。教科書を閉じて、黒板のある教室を離れてはじめて見えてくる数学の風景があります。
気が付かないところで、数たちは美を表現し、調和のメロディを奏でています。それはまるで野に咲く一輪の花のように美しいものです。
ひとたび、そこに流れる美しい調和の調べを目の当たりにしたならば、あっという間に虜になってしまうことでしょう。
数学者と言われる人たちはまさにそういった人たちです。彼らが我を忘れて没頭する数学の世界をみなさんも覗いてみたいと思いませんか。
数学には教科書に書かれていない驚異の物語があります。身近な風景に隠れた数学が発見されていく歴史と数学者たちの挑戦です。
選りすぐりの数学の風景がこの本にはちりばめられています。計算の旅の旅支度は数を大切に想う心さえあればいいのです。
この旅の終わり、いったいみなさんの心に映る数学の風景はどんなものなのでしょうか。
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