認められたいがために起こる悲劇『「承認欲求」の呪縛』太田肇


この春に入社してきた後輩が、仕事を辞めることになったという。それを上司から聞かされた時、私は愕然としてしばらく口が利けなかった。

 

たしかに、少し変わったところもある人だった。十人にも満たない小さな会社だが、雰囲気にもいまいち馴染み切れていないところがあるような感じもしていた。

 

しかし、まだ入って数日しか経っていない。少しずつ馴染んできて、これからだと感じていた矢先の出来事だった。

 

どうして、こんなことになってしまったのだろう。私は、どう接していればよかったのだろうか。その後輩とは、二人だけで作業する機会も幾度かあったのだ。その時、どんなことを話したっけ。思わず、自分の言動を振り返った。

 

いちおう私は先輩という立場であり、仕事を教える立場にあった。自分の思いつく限りのことは丁寧に教えたつもりだったし、理不尽に怒ったわけでもない。

 

むしろその逆で、できるだけ良いところを見つけては褒めるよう心掛けていた。その新人も不慣れながら仕事の基本を覚えるのは早く、仕事ぶりも丁寧だったから褒めるのも苦労しなかった。

 

もちろん、自分が原因だというわけではないのかもしれない。ただ、どうにかできなかったものだろうか、と、つい考えてしまうのである。

 

そのこともあって数日の間は心の中がずっとスッキリしなかったのだが、ある時、一冊の本を読んで一気に腑に落ちるような経験を覚えた。

 

その本は、『「承認欲求」の呪縛』という本である。承認欲求という言葉は、最近になってよく耳にするようになった言葉だった。

 

誰かに認めてほしい。自分はこんなに頑張っているのだと知ってもらいたい。褒めてほしい。そういったことを求めるのが承認欲求である。しかし、その本によると、承認欲求には良い点と悪い点があるのだという。

 

例えば、認めてほしいと望むことで奮起し、自分の力以上に頑張ることができるようになる。承認欲求はその凄まじいエネルギーの原動力となる。

 

しかし一方で、いざ認められると、今度はその重圧に押し潰されてしまうこともある。私はその事例に思い当たることがあった。

 

例えば、成績のいい社員を表彰すると、その社員はいずれやめてしまうのだという。会社としてはもっと頑張ってほしいという意図があってこその表彰だというのに、これはどういうわけか。

 

すなわち、褒める、認める、そういった上司の行動が、逆にその人を追い詰めてしまうことだってある、ということだ。私の新人に向けた言動は、知らず知らずに追い詰めて苦しめている結果となっていたのかもしれない。

 

良いと思っていることでも、受け取り方によってさまざまな見方に変わる。この本とその後輩は、そのことをよりわかりやすく教えてくれた。

 

ならば、どうすればいいのか。人間関係というものはとても難しい。そこには正解などというものなんて、どこにもないような気がした。

 

 

承認欲求という怪物

 

「承認欲求」という言葉が最近、ちょっとした流行語になっている。しかし残念ながら、あまりよくない意味で使われているようだ。

 

他人の話はろくに聞こうとせず、自分のことばかり話したがる人や、つねに周囲から注目されていないとがまんできない「かまってちゃん」も身近にいる。

 

一方では、自分の心のなかに潜む承認欲求の存在に気付き、どう扱ってよいか戸惑う人も増えているようだ。

 

承認欲求は本来、人間の正常な欲求のひとつである。承認欲求があるからこそ人間は努力するし、健全に成長していくといっても過言ではない。

 

ところが承認欲求には、これまで指摘されてきたのとはまったく異質な問題があり、とくにそれがわが国の特殊性と密接に結びついていることがわかってきた。

 

それは注目されるための自己顕示や乱行などより、ある意味でもっと危険で、いっそう深刻な影響をもたらす。にもかかわらず周囲も、本人もそれが承認欲求のなせる業だということに気付かない。

 

さまざまな問題の背後に隠れているのは「承認欲求の呪縛」である。それが水面下でじわじわと増殖し、いよいよわが国の組織や社会に重大な影響をもたらすようになったのである。

 

人は認められれば認められるほど、それにとらわれるようになる。世間から認められたい、評価されたいと思い続けてきた人が念願叶って認められたとたん、一転して承認の重圧に苦しむ。

 

そもそも承認は、相手の意思によるものである。自分がいくら認められたいと思っても、いくら努力しても、相手が認めてくれなければ承認欲求は満たされない。それだけ他人に依存する欲求なのである。

 

その意味からすると「承認欲求の呪縛」は「日本の風土病」だといえるかもしれない。しかも、近年になって流行が広がっているようにみえる。

 

本書では「承認欲求の呪縛」が私たちの仕事や生活のなかにどれだけ広く、深く根を張っているか、いかにそれが危険なものかを明らかにしていきたい。

 

そのうえで相手を呪縛しないために、また自分が呪縛に陥らないためにどうすればよいかを述べようと思う。

 

「承認欲求」という人の心のなかに潜む”モンスター”。その正体を明らかにし、制御する方法を考えよう。

 

 

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