現代人が本を読む意味とは?『読書する人だけがたどり着ける場所』齋藤孝


 私は本を読むのが好きだ。物語の世界は、現実を忘れさせてくれる。あの没入感が最高にたまらない。

 

「ねえ、何してるの?」

 

「見てわからない? 読書してるんだよ」

 

せっかくの没入感が、声をかけられたことで霧散する。私が未だぼんやりしている頭でぼんやりと答えると、彼女は呆れたような表情を見せた。

 

「わかるわけないじゃん。スマホ見てるだけだし」

 

「スマホで読書してるんだよ」

 

私の手の中にはスマホが収まっている。開いているのは私が入り浸っている小説投稿サイトだった。

 

「それ、読書って言うの?」

 

「読書以外になんて言うのさ。本読んでるんだし」

 

「あんた、それで間違っても『読書家』なんて名乗らないでね」

 

「は、それってどういうことよ」

 

あまりに冷たい言葉に私が振り返ると、彼女はもう、自分の席に戻って本を読んでいた。私みたいにスマホじゃなくて、紙の本だ。

 

私は彼女に侮蔑の視線を向けた。みんな読書といえばスマホを見ている。紙の本を読んでいるのは彼女くらいだ。

 

彼女は紙の本にこだわりを持っているみたいだった。私にはそれが、周りに「自分は賢いの」というアピールをしているだけのように見えて、やたらと鼻につく。

 

彼女は教室でも明らかに浮いていた。他の子たちも、彼女のことは陰で嫌っている。私も、彼女とは距離を取った方がいいのかもしれない。

 

そう思ってはいても、上手くいかない。失敗したと感じたのは、私が彼女と同じ図書委員だからだ。

 

図書委員は私と彼女の二人だけ。絶対に話さないといけない。アピールしたくて立候補したけれど、こんなことになるなら楽そうな環境委員にでもなっておけばよかった。

 

図書室で、二人並んで座る。教室でギクシャクした空気のまま来たために、どこか居心地が悪い。私も彼女も、黙ったまま本を読んでいた。もちろん、私はスマホ、彼女は紙だ。

 

いつの間にか寝てしまっていたらしいと気付いたのは、図書室の窓から見える外が茜色に染まっているのを見たからだった。

 

最悪。早く帰らないと。私が慌てて帰り支度を始めると、図書室の奥の暗がりから彼女が出てきた。どうやら、本の整理をしていたらしい。

 

「起きたんだ」

 

「……うん」

 

私が寝ていた間の業務は、彼女がやってくれたのだろう。お礼を言うべきだとは思いつつも、なんだか言ったら負けるような気がして、なかなか言うことができない。

 

迷っていると、その間に彼女は私が座るカウンター席の前まで来た。そして、一冊の本を私に差し出す。

 

「これ、おすすめ。読んでみて」

 

思わず受け取ってしまう。受け取ってから「やっちまった」と思ったけれど、今さら返すのもなんか違う。

 

その本は、『読書する人だけが辿り着ける場所』と書かれていた。私が読書家だからおすすめしてくれている、というわけでもなさそう。

 

私は紙の本が苦手だ。スマホで小説を読むのはともかく、紙に書かれた小さな文字を目で追いかけるのはひどく疲れる。

 

私が慌てて返そうとするけれど、すでに帰り支度を終えている彼女は早々に図書室から出ていこうとしていた。私が呼び止めると、彼女は振り向く。

 

「……その本を読めば、あなたはたぶん、二度と読書してるなんて言えなくなると思うよ」

 

彼女はそう言って僅かに口角を上げると、そのまま帰っていった。え、なに、煽り? 私は呆然と立ち尽くすしかなかった。片手には彼女から預かった本が握られている。

 

……なに、アイツ。いいし。じゃあ読んでやろうじゃないか。私は半ば彼女への反感から、そう思った。その本を読むことにしたのだ。その後の私の人生が大きく変わることなんて知らず。

 

 

ネットよりも本を読むことの価値

 

いつの時代も、読書は素晴らしいものです。思考力を伸ばし、想像力を豊かにし、苦しい時も前進する力をくれる。自己を形成し、人生を豊かにするのに欠かせないのが読書です。

 

「本を読まなくなった」とは随分前から言われていることです。文系の学生も本を読まないというのですから驚きです。では実際、本を読まずに、何をしているのでしょうか?

 

読書をしていないとはいっても、文字を読んでいないわけではありません。その多くはインターネットだったり、SNSだったりするわけです。

 

しかし、ネットで読むことと読書には重大な違いがあります。それは「向かい方」です。

 

ネットで何か読もうというときは、そこにあるコンテンツにじっくり向き合うより、短時間で次へいこうとします。

 

ネットで文章を読む時、私たちは「読者」ではありません。「消費者」なのです。浅い情報は常にいくつか持っているかもしれませんが、「人生が深くなる」ことはありません。

 

これは「構え」の問題です。「さあこの本を読もう」というときは、じっくり腰を据えて話を聞くような構えになります。

 

それは「体験」としてしっかりと刻み込まれます。体験は人格形成に影響します。読書によって人生観、人間観を深め、想像力を豊かにし、人格を大きくしていくことができるのです。

 

本書では、「読書が人生の深みをつくる」との前提のもと、ネットやSNSも活用しながら、どんな本をどう読むかお話していきます。

 

読書好きな人も、最近あまり本を読んでいないという人も、読書の素晴らしさを再発見する一助となれば幸いです。

 

 

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