なぜ非行少年はケーキを3等分できないのか『ケーキの切れない非行少年たち』宮口幸治


「ハッピーバースデイ、トゥーユー。お誕生日おめでとう」

 

 

 私はぱちぱちと手を叩いた。二人だけの寂しい誕生会だけど、祝われている息子はどこか照れ臭そうに笑っている。そのはにかむような笑顔がとてもかわいい。

 

 

「ほうら、ケーキよ。今日はせっかくだから奮発したの」

 

 

 私はお皿に乗せて準備していたケーキを持ってきた。思い切って買ったホールの大きなショートケーキだ。

 

 

 私は息子に包丁を手渡した。私はまだ持ってくるものがあったからだ。

 

 

「ごめんね、私、フォークを持ってくるから。ちょっとそのケーキを、ええと、お父さんの分を入れて、三等分に切っておいてくれる?」

 

 

 どうしてだか戸惑う息子をおいて、私は席を立った。台所で人数分のフォークを持ってみんなのいる部屋に戻る。

 

 

 しかし、リビングに戻った私は思わず驚いた。息子は包丁を手に所在なげに黙り込んでいたのだ。

 

 

 ケーキはまだ取り分けられておらず、大きな皿の上にどんと居座ったままだ。いや、それどころか切り分けられてすらいないみたいだった。

 

 

 包丁は縦にまっすぐ入れられたみたいだった。ホールのケーキはきれいに等分されている。

 

 

 しかし、息子はそこから戸惑っているようだった。どうやら、どうすれば三切れが同じ大きさになるのかわからないらしかったのだ。

 

 

 息子は戻ってきた私に気づいて、あからさまにほっとした雰囲気を出した。私は何事もなかったふうを装って、フォークを配って息子の手から包丁を受け取った。

 

 

 しかし、すでに等分されたケーキを三等分に切り分けることはできない。仕方なく私は六等分にして、一人二切れずつ食べることにした。

 

 

 私はようやく和やかな時間が戻ったことに息を吐けながらも、内心ではまだ動揺が続いていた。

 

 

 先日読んだ宮口幸治先生の『ケーキの切れない非行少年たち』を思い出す。

 

 

 まるで他人事のように読んでいた本の内容が、自分とはまったくの無関係ではないのだと突き付けられたのだ。

 

 

 これはもう一度、あの本を読みなおさないといけないかもしれない。単に興味ではなく、真剣に対処法を考えながら。

 

 

 息子は大人しくて、優しい子だ。だからこそ、あの本で例として挙げられていた子をどこか遠い世界のことだと思ってはいけない。

 

 

 その夜、私は再びその本を開いた。我が身のことのように思うと胸が痛いけれど、それでも知らなければならなかった。

 

 

苦しむ少年たちに対してどうすればいいのか

 

 知的障害が彼らを非行に走らせる。非行少年たちが普段は大人しいのだと知った時、私は自分の気の弱い息子を思い出して胸が苦しくなった。

 

 

 しかし、すべてが障害のせいかと言われれば、それはどうも違うだろう。障害が解消されれば非行がなくなるのだろうか。いや、きっとなくならない。

 

 

 障害は先天的なものとは限らない。むしろ、環境によって後天的に得た本人の変化の方が影響が大きいと思うのだ。

 

 

 私はふと思う。彼らは何を求めて非行に走っているのだろうか。

 

 

 お金とか、異性とか、そんなのはあくまでも表面的なものでしかないと思う。それは社会的にわかりやすいからそう言っているに過ぎないのでは。

 

 

 彼らが本当に求めているのは、社会からの認知だ。みんなに認めてもらいたい。褒めてもらいたい。彼らを真に動かしているのは承認欲求なのではないか。

 

 

 軽度の知識障害は他人から気付かれない。であれば、当然他人からはふざけているようにも、あるいは真面目に取り組んでいないようにも見えるだろう。

 

 

 そうして、怒られる。でも、彼らは自分では真剣にやっているのだから、それ以上はできない。そして、また、同じ失敗をして怒られる。悪循環。

 

 

 その悪循環で自分の自信はなくなってしまう。そうすると、他の友人たちも自分を笑っているように、バカにされているように感じる。

 

 

 孤立していると感じ、誰にも相談できず、自分の中で何かがたまり、やがて、それが爆発する。それが非行の瞬間だ。

 

 

 彼らは非行に走ることで必死に叫んでいるのだ。「俺はここにいるんだ!」と。

 

 

 世の中は非行を起こしてしまった少年に対して、「彼らが悪い」「親のせいだ」と批判している。

 

 

 しかし、親の教育や、彼ら自身には、根本的な原因はないのではないか。本当の原因は、「できない」ことを悪として糾弾するのが当然となっている社会そのものではないだろうか。

 

 

 障害を抱える少年たちには特別な配慮をする? 認知を鍛えるためのトレーニングをする? いや、解決策はもっと根源にある。

 

 

 私は自分の息子の背中を見つめた。丸まってスマホの画面をのぞき込むその背中は、少し寂しげに見えた。

 

 

 非行少年たちと正面から向き合うこと。社会が彼らをひとりの人間として認めて、正直に正面から接することだ。

 

 

 でも、社会を変えることはできない。従来の考え方が固まってしまっている社会は、そう簡単に変わってはくれない。社会は非行少年たちを怖れ、ただ「彼らが悪い」と決めつけてばかりだ。

 

 

 だから、まずは私たち個人が変わろう。私は決意した。だって、彼らの一番身近にいるのは、社会ではなく、私たち自身なのだから。

 

 

非行少年たちはみんなケーキを等分できない

 

 私が公立精神科病院の児童精神科医を離れ、医療少年院に赴任したとき、驚くべきことにいくつも遭遇しました。

 

 

 そのひとつが、凶悪犯罪に手を染めていた非行少年たちがケーキを切れないことだったのです。

 

 

 私は机の上にA4サイズの紙を置き、丸い円を描いて、「この丸いケーキを三人で平等に分けられるように切ってください」と問題を出してみました。

 

 

 すると、少年はまずケーキを縦に半分に切って、その後、悩みながら固まってしまったのです。

 

 

 このような傾向は小学校低学年の子どもたちにも見られるので、図自体は問題ありません。

 

 

 このような切り方をしているのが凶悪犯罪を起こしている中学生・高校生の年齢の非行少年たちだということが問題なのです。

 

 

 彼らに従来の矯正教育を行っても、ほとんど右から左へと抜けていくでしょう。犯罪への反省以前の問題なのです。

 

 

 また、彼らがどれだけ多くの挫折を経験してきたことか、そしてこの社会がどれだけ生きにくかったかもわかるのです。

 

 

 しかし、さらに問題だと感じたことが二つありました。

 

 

 ひとつは、そういった彼らに対して「学校ではその生きにくさが気づかれず特別な配慮がなされてこなかったこと」。

 

 

 もうひとつは、非行に走ってしまった彼らに対して、「非行に対してひたすら反省を強いられていたこと」でした。

 

 

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