かくも堂々たるエッセイ集『太陽と乙女』森見登美彦


吾輩は森見登美彦先生の著作を愛している。しかし、たったひとつ、許せないものがある。それは『太陽と乙女』なる作品だ。ともすれば出るとこに出ることすらも辞さない所存である。

 

では罪状は如何なるものかというと、無論、詐欺罪になるだろう。すなわち、記述されている事柄と大いに異なる箇所があるのだ。

 

『太陽と乙女』はエッセイ集である。今まで森見登美彦氏がさまざまなところで執筆してきたコメントやエッセイを一冊にまとめたものだ。

 

内容は尋常の登美彦氏の文章力が光る、大変にオモシロイ代物となっているのだが、今回はそれこそが問題となっているのだ。

 

読者諸君に注目していただきたいのは、以下に省略しつつ引用した本書の文章の一部である。これは『太陽と乙女』における、いわゆる前書きというわけだ。

 

読んでみればわかる通りであるが、この序文が述べていることをさらにわかりやすく一言でまとめてみるとするならば、つまり「『太陽と乙女』は寝る前に読めばよく眠れる本であるよ」ということである。

 

この意味の記述があることを、読者諸君はよくよく確認していただき、そして覚えておいてもらいたい。

 

吾輩の言う詐欺罪の実態はここにあり。驚くなかれ、この序文こそがかの本が虚偽の文章を記述したという何よりの証拠なのだ。「なんだ何も問題ないじゃないか」と思った諸君、君はすでに登美彦氏の術中に嵌っている。

 

さて、何せ、日頃から愛好している登美彦氏の言葉なのだ、この序文を愚直にも信用した吾輩は、ならば寝る前に読もうと思った。

 

時はテスト前日である。最後の追い込みをするためにも、朝早くに起床する必要があった。そこで、登美彦氏の『太陽と乙女』を読んで心地よく眠らんとしたのである。

 

しかし、さすがは登美彦氏というべきか、淀みのない流れるような文章は実に魅力的で、あっという間に吾輩はその手でガッチリ心の臓を掴まれてしまったのだ。そろそろやめねばと思っても、なかなかやめることができなかった。

 

特に、『四畳半神話大系』のもとにもなった、四畳半についての話と、登美彦氏の人間性の原点となった友人の話は涙なしには読むことができない。悪い姿勢で読んでいたから眼精疲労がひどかったのだ。

 

いくつもの章にわかれていて読む区切りはつけやすい。本来ならば、日を分けて時間をかけつつ読んだ方がよい。しかし、吾輩はあえて修羅の道を選んだ。我慢しきれなかったのだ。

 

読み終わり、本を閉じてふと気づく。ああ、やってしまった。窓の外を見ると、すでに空は明るくなっていた。結局、一冊まるまる読み切ってしまった。

 

以上が、吾輩の経験した事の顛末である。もちろん、学校に行く頃にもなると吾輩はもはやゾンビも同然、テストの点数も腐りに腐った。

 

というわけで、読者諸君にはくれぐれも気を付けていただきたい。『太陽と乙女』の前書きには虚偽があるということをゆめゆめお忘れなきよう。でないと痛い目を見るであろう。

 

世に「美しさは罪」という言葉があるように、時として、たとえ美徳であっても過ぎればそれは罪悪となる。水清ければ魚棲まずというではないか。

 

同じように、「面白いのは罪」なのだ。睡眠導入剤とするには『太陽と乙女』はいささか面白すぎる。登美彦氏の著作を愛好している諸君ならば、時を忘れて読み耽ってしまうこと請け合いである。

 

登美彦氏には大いに反省していただきたい。そして、今後の創作活動もそのまま、眠れなくなるほどオモシロイ文章の道をご自身のペースで邁進していただきたい所存である。

 

 

眠る前に読むべき本

 

ひとつ考えてみていただきたい。眠る前に読むのはどんな本がふさわしいだろうか。

 

たとえば「ムツカシイ哲学書を読めば眠くなる」という意見がある。しかしこれを毎晩の習慣にするのはどう考えても無理がある。

 

それならば面白い小説がどうだろう。しかしこれは誰にでも経験があると思うが、ひとたび面白い小説を読みだしたら中断するのが難しい。

 

それなら面白くない小説ならいいのかといえば、そんな本を読むのはやっぱり苦痛だから、先ほどの哲学書と同じ結論になる。そういうふうに考えていくと、これは意外に厄介な問題なのだ。

 

「眠る前に読むべき本」そんな本を一度作ってみたいとつねづね思ってきた。

 

哲学書のように難しすぎず、小説のようにワクワクしない。面白くないわけではないが、読むのが止められないほど面白いわけでもない。

 

実益のあることは書いていないが、読むのが虚しくなるほど無益でもない。とはいえ毒にも薬にもならないことは間違いない。どこから読んでもよいし、読みたいものだけ読めばいい。

 

長いもの、短いもの、濃いもの、薄いもの、ふざけたもの、それなりにマジメなもの、いろいろな文章が並んでいて、そのファジーな揺らぎは、やがて読者をやすらかな眠りの国へと誘うであろう。

 

あなたがいま手に取っているのはそういう本である。

 

 

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