プロ農家の怒り『農協との「30年戦争」』岡本重明


 先がない。どうしたものだろうか。私は頭を掻きむしる。日焼けした皮膚が、堪えがたい痒みを訴えていた。それは、身体の奥底からくるような、焦り。

 

 

 私がそれまで続けていた仕事を退職して農業に転向したのは、数年前のことだった。

 

 

 当時の私はなんて愚かだったのだろう、と今ならば思う。私にとっては一大決心のつもりだったが、やはり甘い考えは捨てきれていなかった。農業に理想を持っていた。

 

 

 私が現実に気付けたのは、岡本重明先生の『農協との「30年戦争」』を読んだからだった。

 

 

 彼は『今のままの農協ならば、いっそなくなってもいい』という過激な意見を持っている。

 

 

 それは言い過ぎではないか、と思ったものだが、読み進めていくと、納得できるものだった。当時はすでに辛酸を味わっていたからこそ、特に。

 

 

 農業は稼げる、という印象がある。しかし、一方で、稼げない、という意見もある。

 

 

 これは経験があるかないかによって分かれるだろう。経験がない都会育ちの、たとえば昔の私は「稼げる」と頑なに信じていた。

 

 

 しかし、農業を営んだことのある人たちからすれば、農業で稼ぐのは難しい。不可能ではないが、並みの努力では足りない。

 

 

 自然の中で生き、自分で野菜を育てて、新鮮な野菜を食べられる。それは、都会に住んでいた私からしてみれば、ひどく魅力的な生活に見えた。

 

 

 会社員時代の貯金は、引っ越しと、道具やノウハウを揃える過程で瞬く間に消えた。とはいえ、私はさほど心配していなかった。

 

 

 それは、「農業は稼げる」という誤解と、補助金のことを知っていたからだ。なんてお花畑な考えだろう。

 

 

 最初に違和感に気が付いたのは、農業に従事してしばらくの頃だ。

 

 

 農家の経営は農協が担っている。私ももちろん加入していた。出荷先も一貫していれば気楽だったからだ。

 

 

 しかし、ある機会が重なって別のところに出荷した時、私はその時の収入が普段よりも多いことに気が付いた。

 

 

 農協に出荷するよりも民間の方が高く売れる。その事実に気が付いた時の私の衝撃たるや。私は今までずっと損をしてきたことになる。

 

 

 このまま、民間に出荷した方がいいのではないか。そう思った。しかし、そうはいかなかった。

 

 

 加入している以上、農協にいろいろと他にも世話を見てもらっている。農協との関係が悪くなることは避けたかった。

 

 

 しかし、このままでは、この先、じり貧になるだろう。私には、そんな未来予想図が見えた。

 

 

 農協に不信感を抱きだしたのが、この頃だ。その折、先輩農家から貸してもらったのが『農協との「30年戦争」』だったのだ。

 

 

「農家で稼げるのはほんの一握りだ。けれど、それは農協の下にいる限り、絶対に無理だ。断言してもいい」

 

 

 農家で稼いでいる人もいなくはない。今では誇大広告のように思える「農家は稼げる!」も、あながちすべてが間違いというわけではない。

 

 

 しかし、農協に首紐をつながれている限り、それは不可能だと先輩農家の彼は言った。私にも、今ではその実情がわかる。

 

 

 私も農協から距離を置こうか。しかし、そうすると、全てを自分自身でしなくてはいけなくなる。指示されたことをしてきた元会社員の自分に、そんな勇気はなかった。

 

 

 迷い、迷い、迷った末に、決めきれず、迷い続けた。そのまま、時間だけが過ぎていった。まるで真綿で絞められているかのような。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 ここ最近の気象はどうにもおかしい。農業に携わっていると、どうしても気象には敏感になる。しかし、対処はできなかった。

 

 

 激しい豪雨。吹き荒れる暴風。襲来した台風は、あまりにも残酷な神風だった。

 

 

 丹精込めて作っていた作物が、すべて台無しになった。赤字どころの話ではない。

 

 

 この先、どうすればよいのだろう。答えはない。私はただ、暗い部屋で、農協からの最終通告を待ち続けていた。

 

 

農協の真実

 

 私は愛知県の渥美半島で30年にわたり専業農家で生計を立てている。1993年には農業生産法人を設立し、有限会社「新鮮組」の社長を務めている。

 

 

 とはいえ、ここに至るまでの道のりは苦難の連続だった。日本の農業政策の矛盾にぶつかるたびに、怒り、呆れ、苦しんできた。

 

 

 農協とは数えきれないくらい衝突し、悪質な嫌がらせを受け、涙が出るほど悔しい思いを味わわされてきた。

 

 

 今や国内農業は崩壊の危機に瀕している。後継者不足、資材の高騰、価格の下落……。農業者の6割は高齢者で、しかもその多くは兼業農家だ。

 

 

 一方で、さまざまな新しい取り組みを行っている私たちのような専業農家に対しては、農協の壁が立ちはだかる。

 

 

 農家を旧態依然とした「ムラの掟」でがんじがらめに縛りつけ、補助金欲しさに唯々諾々と従う農家から吸い上げた資金で潤い、今も巨大な権益を持ち続けている。

 

 

 こうした悲惨な状況に陥るまで、抜本的な農政改革を怠ってきた自民党の責任は重い。農業団体を通じて、農家を丸め込み、結果として、農業団体が利益と利権を独占する結果となった。

 

 

 戸別補償によって一戸当たりの農民が受け取るのは生産費用と販売額との差額。生活が保障される金額には程遠い。そして何より、目先の票目当てのバラマキでは、抜本的な農政改革にはまったく結びつかない。

 

 

 現在に至るまで、農業者が減少し続けた理由はどこにあるのか。現実の農業が抱える問題に蓋をして、新規就農希望者に農業社会への参入を勧めてよいのか。

 

 

 農協は補助金を農家のためではなく、農協という組織維持のために使ってきた。農協はこれまで、農家のためという「大義名分」のもと、補助金を貪ってきたのである。

 

 

 今もっとも大切なことは日本農業の将来展望をどのように切り開いていくかではないのか。にもかかわらず、それにむけての具体的な対策を誰も提示しないのはなぜか。

 

 

 私はこの本で、自らの体験を通じて、補助金頼みの農家の実態、農協をはじめとする農業団体が抱える問題点を詳らかにしていくつもりだ。

 

 

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