ふと、空を見上げてみる。そこには、満天の星があった。それはどこまでも、無限に広がっていた。
それは空ではなく、さらにその先、宇宙の姿だった。広大な宇宙が、私の目の前に迫っているのである。
私はほうと息を吐いた。美しい星空への感嘆ではない。私はその光景に恐怖したのだ。
どうして見上げてしまったのか。見上げなければ、そこに宇宙があることになんて気がつくことなんてなかったのに。
ふと、気まぐれに空を見上げてみたことを、心の底から後悔した。けれど、もう、何もかもが遅かったのだ。
私はもうすでに知ってしまった。この空の向こうに、無限に広がる宇宙があるのだということを。
もちろん、知識としては、当然知っていた。空の向こうにあるという宇宙。私たちが立っている地球を内包した銀河系。
人類初のロケットの打ち上げ。ガガーリンは地球を目にした。アポロ十一号は月へと降り立った。
宇宙に行ったという人は、今ではすでに何人もいる。彼らは宇宙に何があったのか、言葉で、映像で、私たちに伝えてきた。
宇宙に憧れてきた人たちがいて、ロケットを生み出し、宇宙へと旅立った。人どころか、動物ですらも。
理科の教科書には当たり前のように宇宙の姿が載っている。それはいわゆる一般常識という奴だった。
ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』では、そんな技術の発展よりもはるかに前から、月に行くことに憧れを持っていた。
夢を抱き、そして何人もの夢のバトンをつなぎ、そして叶えた。それが今、私たちの知る宇宙だった。
すごいと思う。漠然とそんなことを思っていた。宇宙に行くことはすごい。教科書に載っているそれは、本当にあるのだと知っていた。疑ってはいなかった。
けれど、それはあくまでも知識でしかないのであって、私はそれを見たことがなかったし、それを見ることはないのだろうと思っていた。
油断していた。間違いだった。私はその時、空を通して宇宙を見たのだ。宇宙の存在をこの目にしてしまったのだ。
あまりにも広大な宇宙。それは私を呑み込まんとするほどに大きくて、果てのないものだった。知っているのと見るのとでは、何もかもが違った。
私はひとりだ。この広大な宇宙の中で、私はたったひとりだ。私は不意にその事実に気付いた。身体が恐怖と寂しさに震えていた。
広い宇宙に、ひとり
たとえば、私には家族もいるし、友人もいる。恋人はいないけれど、きっと、これでひとりなんて言う私を、人は怒るだろう。
けれど、家族と一緒にご飯を食べている時だって。あるいは、友人と一緒に笑い合っている時だって。
それは二人になるわけじゃない。ひとりと、ひとりがそこにいるだけだ。私たちは永遠に二人にはなれない。
わかり合うなんてことはできっこない。だって人は違うのだもの。だからこそ、私たちは永遠に晴れることのない孤独を抱えて生きていかないといけないのだ。
ひとりは、寂しいものだ。寂しくて、怖くて、寒い。だから、夜はこんなにも冷たいのだろう。
私たちはそれをどこかですでにわかっていたのかもしれない。だから、寄り添おうとするのだ。
谷川俊太郎先生の『二十億光年の孤独』という詩を、一度だけ読んだことがある。
その時はなんとも思わなかったけれど、今なら、なんとなくわかる気がするのだ。
私は頭上に広がる宇宙を眺めた。あのどこかに、まだ私たちの知らない誰かがいるのだろうか。
お偉い人たちの結論では、火星人なんてものはいないらしい。けれど、私は、そんな人たちがどこかにいてもいいと思う。
そして、きっと彼らも、自分たち以外に惑星にいるなんてことを否定しながら、けれどロマンを捨てきることもできずに宇宙を旅しているのではないだろうか。
もし出会うことができたとしても、私たちは二人にはなれない。ひとりの地球人と、ひとりの火星人がいるだけ。
私たちは寂しさに悶えながら、孤独に苦しみながら、けれど、決して一緒にいることはできないだろう。
地球人はどこの惑星に行っても地球人でしかないのだし、火星人もまた、同じなのだから。私たちはもう、そう決めてしまっているのだから。
でも、だからこそ。ひとりとひとりであっても、どちらも寂しいのなら、手を取り合うことだって、きっとできるはずなのだ。
二十億光年の孤独に、僕は思わずくしゃみをした
人類は小さな球の上で、眠り、起き、そして働き、ときどき火星に仲間を欲しがったりする。
火星人は小さな球の上で何をしているか、僕は知らない。(或はネリリし、キルルし、ハララしているか)
しかし、ときどき地球に仲間を欲しがったりする。それはまったくたしかなことだ。
万有引力とはひき合う孤独の力である。
宇宙はひずんでいる。それ故みんなはもとめ合う。宇宙はどんどん膨んでゆく。それ故みんなは不安である。
二十億光年の孤独に、僕は思わずくしゃみをした。
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