しょうもないことに全力で『キケン』有川浩


 男ってホントにバカだと思う。いつまでも子どもみたいなことして、くだらないことで笑って。でも、それがどこか眩しく見える。

 

 

 男子校に教師として勤めていると、よくそんなことを思う。就いた当初は不安で仕方がなかったけれど、今では楽しくて仕方がなかった。

 

 

 何が楽しいかというと、生徒たちを観察することだ。男の子たちは本当に、なんでそんなことでそんなに騒げるのかというくらいにうるさい。

 

 

 人間観察は昔から好きだった。教師になったのも、その趣味が高じたのだと言っても過言ではない。いや、ちょっと盛っているかもしれないけれど。

 

 

 女である私の視点からするに、観察するうえで若い女ほどつまらないものはない。

 

 

 彼女たちは自分が周りからどう見えるかをしっかりと理解したうえで行動する。ほんのちょっとした仕草ですらも、その計算のもとに行われたものだ。

 

 

 少なくとも、人の視線があるところで彼女たちが素の顔を出すことはない。私自身を参考にするならば、自分の部屋にいる時か、トイレにこもっている時くらいだろう。

 

 

 だから、彼女たちを観察しても、それは彼女たちが作り出した「外向けの顔」である。そう思うと、どれほど心が踊っていても萎えてしまう。

 

 

 これが年を取って中年のおばさんになると、少し面白みが出てくる。若い頃には見せなかった歯に衣着せぬ本音はいっそ清々しいほどだ。未だに現役と考えている女の必死な姿もそれはそれで愉快である。

 

 

 しかし、総じて男を観察する楽しさには劣る。なにせ、男はどの年代であっても等しく面白いのだ。

 

 

 有川浩先生の『キケン』という作品は、「男」というイキモノの魅力を余すところなく描き出していると感じた。男に興味を抱いている女性諸君にはぜひおすすめしたい。

 

 

 そこには少女マンガや恋愛小説に描かれるような、完璧でイケメンの男なんて出てこない。バカで、騒々しい、子どものような男たちしかいない。

 

 

 それこそが、『キケン』の魅力なのである。

 

 

男の本当の姿

 

 男はいつまで経っても子どもだ。そんな話がある。結論から言えば、その言葉は限りなく「男」というイキモノの本質を突いている。

 

 

 しかし、彼らはなかなかその姿を見せてくれない。というのも、女がいると、彼らはどうしてもかっこつけようとしてしまうからだ。

 

 

 女性諸君、男を見て、かっこいいだとか思わない方がいい。それはその男の本来の姿ではない。

 

 

 では、休日に家でテレビを観ながらころがっているおっさんが本質なのかと問われれば、そうでもない。

 

 

 女の目がある限り、彼らはかっこつけることをやめられない。それが、男子校で男を観察してきた私の経験則から得た結論だ。

 

 

 彼らの素顔を見るには、私の存在を気づかれないようにして観察するしかない。

 

 

 私がいない時、彼らは本当に子どものようになる。くだらないことで笑い、ぎゃあぎゃあと騒がしくじゃれ合っている。

 

 

 私はひっそりと眺めながら、彼らを羨ましく思う。彼らは自分が心を許した友だちの前では、子どもに戻ることができるのだ。

 

 

 女はたとえ友だちであっても素を出さない。だから、彼らのような関係はどうあっても築けない。

 

 

 私も彼らの中に混じりたい。子どもに戻ったように、バカなことをやって笑い合いたい。

 

 

 でも、それはできないのだ。彼らは私の前では自分を偽ってしまう。カタツムリのように、本当の顔を隠してしまう。

 

 

 それが私にはちょっと寂しい。でも、仕方がないことなのだろう。彼らは男で、私は女なのだから。

 

 

 だから、せめて眺める程度は許してほしい。かっこつけた生意気な生徒たちよりも、無邪気に笑う彼らの素直な顔は愛おしいのだ。

 

 

 ほう、とため息をついて、私はドアを開けた。入ってきた私を見て、彼らは一斉に「自分がカッコイイと思っている顔」を身につける。

 

 

 言っておくけれど、それ、ダサいよ。内心でそう呟きながら、私は教科書のページを開いた。

 

 

機械制御研究部、略して『キケン』!

 

『学内一の快適空間【機械制御研究部】! 君たちもクラブハウス一のこの快適空間を味わおう!』

 

 

 新入生の元山高彦は、親しくなった池谷悟とともに提示版に貼られた各種クラブの勧誘チラシの一枚を見て怪訝な顔をした。不動産屋のチラシか? これは。

 

 

 池谷が説明しようとしたところへ、元山と池谷の背後から二人の方が同時に抱かれた。

 

 

「よっ! うちのチラシに興味持ってくれたのかな?」

 

 

 ぎょっとした二人が振り返ると、にこにこ人懐こい笑みを浮かべた上級生らしき男子が二人をがっしり掴まえていた。はあ、それじゃあ。二人で何となく押され負けた形でその上級生に連行された。

 

 

 やや年季の入ったクラブハウスは、校舎から少し離れた敷地に建てられていた。一階上がって二階が当の【機械制御研究部】の部室らしい。

 

 

 室内で作業台に向かっていた背中がこちらを向いた。目つきが鋭いためか無駄に迫力がある男子だ。

 

 

 彼は副部長の大神宏明、そして、二人に声をかけてきたのが部長の上野直也。二人とも二回生らしい。

 

 

「快適空間って売りにウソはないと思うんだけど、どう?」

 

 

 さっと二人の前に入部届けが差し出される。元山は部屋をぐるりと見渡した。たしかに設備が整っている。

 

 

 ちょっと考えてみます、と定番の逃げ口上でひとまず検討するかなと元山が思っていると、隣の池谷が渡されたサインペンで入部届けに記入を始めていた。

 

 

 上野に笑顔で迫られ、元山はその笑顔の圧力に負けた。ひとまずその日は解散となり、クラブハウスを出た。

 

 

 池谷が言うには、機研にはある噂があるという。敵に回すと質が悪い、という話が。

 

 

 曰く、四回までの機研はやたら目立っていた。しかし、活動が厳しかったために三回生が軒並み幽霊部員になり、二回生の部員が上野と大神だけになってしまった。

 

 

 去年のことだ。今がチャンスとばかりに潰しにかかった部活が返り討ちにあったという。しかも、三回生が出るまでもなく、二人だけで。

 

 

『成南のユナ・ボマー上野直也』と『名字を一文字隠した大神宏明』。それがその時につけられた彼らの渾名だ。

 

 

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