生きていくことは、ままならないことばかり『キラキラ共和国』小川糸


 生きていくってことは大変よ。ままならないことばっかりなんだもの。ふと、そんな言葉が脳裏によぎる。誰の言葉だったっけ。

 

 

 小川糸先生の『キラキラ共和国』は『ツバキ文具店』の続編。その言葉は、そう、たしかぽっぽちゃんの夫であるミツローのお姉ちゃんのセリフだ。

 

 

 代筆屋を営むぽっぽちゃんこと鳩子は、亡くなった祖母の想いに触れたことでようやく彼女の呪縛から解放されようとしていた。

 

 

 結婚し、新しくできた夫と娘とともに、新たな門出。そんな中でも、変わらず代筆屋の仕事を続けていく。人の想いを手紙に載せて。

 

 

 喧嘩もして、発熱した娘の看病もしながら、次第に鳩子は彼らの家族として向き合っていく。

 

 

 彼のかつての恋人の想い。思わぬ人物の登場。新しい命と、別れ。経験が、鳩子を母として成長させていく。そんな作品。

 

 

 優しい物語だった。けれど、どこか切ない。そう感じるのは、私がぽっぽちゃんと同じように祖母を失くしているからかもしれない。

 

 

 祖母のことは嫌いではなかった。けれど、慕っていたかと問われると、そうでもなかった。

 

 

 祖母は私にいつだって優しくしてくれた。けれど、私は彼女を素直に「おばあちゃん」と呼ぶことすらできなかったのだ。

 

 

 棺桶の中で眠るように目を閉じている祖母を見ても、涙のひとつも浮かんでこなかった。哀しいという感情すらも、私の中にはなかった。

 

 

 ただ、何もない、ぽっかりと穴が開いたような感じがした。それが何かはわからない。

 

 

 もしも、こうなると知っていたのなら、私は祖母を素直に慕っただろうか。いや、今さら何を感じても、もう遅いのだ。何もかも。

 

 

 祖母は私を可愛がってくれた。あまり会いに行くこともなかったけれど、祖母はいつだって私の前では笑顔だった。

 

 

 けれど、私はその笑顔に報いることはできなかった。そのことが、今になって私の胸に棘のように刺さっている。

 

 

 亡くなってしまったら、もう二度と会えない。そう、そうだ。当たり前のことだけれど、私たちはいつだってそのことを忘れている。

 

 

 喧嘩することだってある。嫌いになってしまうことだってある。家族も、友だちも。

 

 

 けれど、彼らだって、いつ何が起こるかわからないのだ。真っ直ぐに向き合って、実は大切に想っている人たちの本当の言葉を聞けるのは、生きている間しかない。

 

 

 それは長いようでいて、実はとても短いのだと、その事実が私の心にのしかかる。

 

 

 今だけ。そう、今だけなのだ。大好きだと言えるのも、ありがとうと言えるのも、ごめんなさいと言えるのも。

 

 

 伝えたいことは、胸にしまっていても伝わらない。私たちはいつだって終わってから気付いてしまう。大切なことに。もう取り戻せないのに。

 

 

 直接言いにくいなら、手紙でもいい。相手に言葉を届ける。その言葉には、きっと、私の本当の心が入っているはずだから。

 

 

 私は空を見上げた。きらきらと星が輝いている。私はとうとう素直に慕うこともできなかったけれど、大切なことを教えてくれた。ありがとう。ねえ、おばあちゃん。

 

 

新しい始まり

 

 人生には、めまぐるしく変わる瞬間がある。ミツローさんが私をおんぶしてから一年も経たず、私たちは入籍した。

 

 

 知り合った頃は「QPちゃんのおとうさん」という間接的な接し方だったのが、やがて「モリカゲさん」という固有名詞になり、いつの間にか私の中では「ミツローさん」になった。

 

 

 QPちゃんがふざけて「デート」なんて言葉を発しなかったら、私とミツローさんがこんな関係にはなっていなかったに違いない。

 

 

 QPちゃんが、私とモリカゲさんをつないでくれた。私は、ありがとう、の気持ちを込めて、QPちゃんが痛くならない程度に、彼女の手を強く握った。

 

 

 私たちは今、八幡様を背にし、段葛を海の方へ向かって歩いている。私が子どもの頃は、段葛を海の方へ向かって歩くことなんて許されなかった。

 

 

 先代が、八幡様におしりを向けるなどもってのほかだとうるさかった。でも、先代はもういないのだから、もうそんな条例も帳消しだ。

 

 

 私は、ミツローさんやQPちゃんに出会って、やっとそんなふうに思えるようになった。

 

 

 先代の呪縛と言ったら言い過ぎかもしれないけれど、そういう蜘蛛の巣みたいなものから私をすくい取ってくれたのが、ミツローさんであり、QPちゃんなのだ。

 

 

 ゼブラまで歩くと結構な距離だった。ゼブラのことは、ミツローさんがQPちゃんの幼稚園のママ友から聞いてきた。鎌倉在住歴の長い私でも、安国論寺の近くにそんなお店があるなんて知らなかった。

 

 

 早めの時間に予約をしたので、まだお店には誰もいなかった。QPちゃんと私が並び、ミツローさんがテーブルを挟んで向かいに座る。

 

 

 今日という日は、特別だ。QPちゃんが小学校に入学し、それに合わせて私たちが入籍した。

 

 

 これからは、家族としてともに歩んでいく。新生モリカゲ家の誕生日なのだ。そんな記念すべき日を、盛大にお祝いしないでどうする。

 

 

「QPちゃん、小学校入学、おめでとう」

 

 

 私とミツローさんは、なるべく声をそろえるようにゆっくりと言った。すると、QPちゃんが、私たちの十倍くらい大きな声で叫ぶ。

 

 

「おとうさん、ポッポちゃん、けっこん、おめでとう」

 

 

 かんぱーい。QPちゃんの声が響く。

 

 

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