犯人は誰? 言葉に隠されたメタフィクション・ミステリ『ロートレック荘事件』筒井康隆


ロートレックという画家を知っているだろうか。ムーラン・ルージュなどのポスターを美術の域にまで昇華させた功績を持つ、偉大な芸術家である。

 

彼の異名のひとつに、「小さき男」というものがある。なぜか。病気によって彼の下半身の成長は子どものまま止まってしまったからである。

 

恥ずかしながら、私は彼のことをほとんど知らなかった。数枚だけ、彼の作品を見たことがある。といっても、実際に見たわけではないのだが。

 

筒井康隆先生の作品に、『ロートレック荘事件』というものがある。SF作家である筒井先生が書いた、数少ない推理小説のひとつだ。

 

舞台は郊外の洋館である。将来を約束された青年たちと美貌の少女たちが集まった。これから始まるのは、優雅な数日間のバカンスのはずだった。

 

だが、そんな日々を、二発の銃弾の音が切り裂いた。撃ち抜かれて命を失った美女。だが、惨劇はそれで終わったわけではない。むしろ、始まりだったのだ。

 

警察の厳重な監視の目すらもかいくぐって、次々と命を奪われていく美女たち。いったい犯人は誰か。その真相とは。

 

語り手である浜口重樹は、八歳の時の事故によって下半身の成長が止まり、胴体だけが大人になった人物である。まさにロートレックと同じように。

 

テーマのひとつとして、そしてトリックの装置のひとつとして、先生が「ロートレック」を符号として扱っていることは言うまでもない。

 

作中には、いくつかのロートレックの作品がカラーで掲載されている。ムーラン・ルージュのポスター、『メイ・ベルフォール嬢』、『洗濯女』、『ヴァイオリニスト・ダンクラ』。

 

私がもっとも目を惹かれたのは、『接吻』である。鮮やかな色遣いで折り重なるように、口づけをしている二人。愛し合う男女のように見えるが、作中の解説によると、上の人物は女性であるらしい。

 

女性同士の恋愛。当時としては異質だったであろうそんな絵を描いたのは、ロートレック自身が矮躯を持つ人物だったからだろうか。そんなことを、ふと、思わざるを得なかった。

 

筒井康隆先生の作品はいくつか読んだことがある。数々のリメイクが作られた『時をかける少女』、実験的な『虚航船団』、社会を皮肉を交えて描いた『俗物図鑑』。

 

SF作家としての先生の作品は実験的で今までにないような斬新なものもいくつかあり、私の中では、昨今珍しく、いわゆる「攻めの姿勢」の作家のひとりとして見ている。

 

しかし、『ロートレック荘事件』は、今までとは違う印象を抱いたのである。それは、SF小説と推理小説というジャンルの違い以上に、異なる何かを。

 

そう、私は最初、筒井先生の作品だとは思わなかったのだ。それほどまでに、作風が違う印象があったのである。

 

今までの荒唐無稽なSF小説とは異なる、しっかりと地に足つけた本格的な推理小説。SF小説とは異なる、どこまでも自然の物理が支配する世界での、事件。

 

どこか、今までの筒井先生のファンとしては、残念な感傷を抱かなかったわけではない。

 

しかし、それは事件の真相が描かれた結末を読んだ時に吹っ飛んだ。ああ、なるほど、これが筒井先生の推理小説か。そう思わされたのである。

 

実験的な作風をいくつも手がけてきたSF作家である先生とは一線を画し、推理作家としての先生は意識の誘導による巧みなトリックの魔術師であった。

 

これだから、筒井先生の作品はやめられない。ひと癖もふた癖もあるこの作風こそが、私の愛する筒井先生の作品なのだ。

 

 

郊外の屋敷で、事件は起こった

 

忘れることなどできない。おれと重樹がともに八歳のときの夏だった。おれは重樹を滑り台のスロープの中ほどから足で突き落としてしまい、彼を畸形にして、その一生を目茶苦茶にしてしまったのだった。

 

重樹は約二メートル半の高さから地面に墜落した。彼はコンクリートでできている高さ十センチの滑り台の台座の角に脊椎を打ちつけ、動けなくなった。

 

彼はすぐ、両親たちによって熊沢総合病院に運び込まれたが、診察の結果は我々にとってこの上なくむごい、そして悲劇的なものだった。下半身の成長が停止するだろうという診断だったのである。

 

おれは自分の過ちの大きさを思い知らされ、後悔と自責の念に打ちひしがれ、声も嗄れよとばかりに泣き続けた。彼の足元に這いつくばって誓ったのだった。

 

ぼくは一生君から離れない。これからずっと、死ぬまで君のそばにいて、君につき従い、絶対に、君に不自由な思いはさせない。それでもまだぼくの過ちはとても償えないんだから、重樹、君はぼくを気のすむようにしてくれていいんだ。

 

おれと重樹は従兄弟同士だった。その時からおれは、毎朝重樹の家に立ち寄り、重樹の車椅子を押して通学し、そして下校した。席も彼のとなりにしてもらい、彼の全ての面倒を見た。

 

おれは重樹を愛していたから、そうしたことすべてを奉仕と考えたことは一度もなかった。喜びとともに自ら彼に従ったのだ。

 

おれがそこまで献身して然るべき、重樹は素晴らしい個性の持ち主だった。おれたちにはいい関係が続いていた。それは二十年続いた。そしておれたちはともに、二十八歳の夏を迎えた。

 

 

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