カメラに写されるもうひとつの世界『心霊写真レストラン』松谷みよ子


 カメラを向けると、彼と彼女は笑顔でピースをする。はい、チーズ。私はカメラのシャッターボタンを押した。フラッシュが一瞬だけ輝いた。

 

 

「ありがとう。ねえ、あなたも私と一緒に撮らない?」

 

 

「ううん、私はいいよ」

 

 

 私が断ると、彼女はむくれるように頬を膨らませていた。あざといその仕草は女子から反感を買いそうだけれど、彼女がやるとかわいいとすら思わされる。

 

 

「ほら、あまり強要してやるなよ」

 

 

 彼女の恋人である彼がぽんとなだめるように彼女の頭に手を置く。だって、と文句を言いつつ私を睨む彼女に、私と彼はそろって苦笑した。

 

 

 そもそも、今日は私と彼女のデートなのだ。本来なら私はここにいるべきではない。その自覚があるからこそ、今日の私は彼女の引き立て役をするつもりだった。

 

 

「お願い。彼とのデートについてきてくれないかな」

 

 

 数日前に彼女からそんな頼みごとをされたときは思わずぽかんとしたものだ。なんでも、彼女は彼との初めてのデートであり、恥ずかしいとのことだった。

 

 

 初めてのデートだからこそ二人っきりで行くべきじゃないの。と、私は言ってみたのだけれど、彼女からはなおも必死に頼み込まれてしまった。

 

 

 彼に迷惑がかかるんじゃないの、と訊いてみたら、なんと彼は了承済みらしい。結局、私が根負けしてついていくことになった。

 

 

 とはいえ、私は存外に楽しんでいた。私は彼とも彼女ともかねてから友人同士であり、気負いすることがなかったというのもある。

 

 

 それに、彼と彼女の仲を取り持ったのは他ならぬ私なのだ。その二人がくっつくまでの紆余曲折を知っているからこそ、彼らが幸せそうなのが嬉しかった。

 

 

 まあ、付き合いたての恋人、しかも友人のいちゃいちゃを目の前でこうも見せつけられると、ちょっと精神に来るものがあるけれど。

 

 

「どうしたの? 早く来なよ」

 

 

 走りながらこっちを振り向いて手を振ってくる彼女に答えようとした私は目を見開いた。彼女の目の前にある横断歩道の信号が赤になっていたからだ。

 

 

「危ない!」

 

 

 私は思わず叫んだ。彼も気づいたみたいで、彼女を引き寄せようとしていたみたいだけれど、間に合わない。

 

 

 そこからはスローモーションのように感じた。響き渡るブレーキ音。トラックにぶつかって高く跳ねあがった彼女の身体。悲鳴。私はその光景を呆然と眺めていた。

 

 

写真に写った未来

 

 『心霊写真レストラン』という本を読んだのは、彼女がいなくなった一か月後のことだった。

 

 

 誘ってくれていた彼女がいなくなり、ふさぎ込んだ私は家に引きこもるようになり、何かを埋めるように本を手当たり次第に読み漁っていた。

 

 

 『心霊写真レストラン』はその中の一冊だった。子どもの頃に買ったけれど、怖いのが苦手でとうとう開けなかったのである。

 

 

 かわいらしくコミカルなイラストだけれど、『怪談レストラン』のシリーズなだけあって、ひとつひとつの物語は重く、物悲しい。

 

 

 恐怖よりも、悲しさがこみ上げてきてしまうのは、やっぱり彼女のことが思い出されるからだろうか。

 

 

 写真は昔から、ただの科学的なこと以外の意味があるのだと信じられてきた。そして、それは心霊写真として騒がれる現代でも変わらないのだろう。

 

 

 三人で撮る時に真ん中に立っていると魂を抜かれる。なんてのは、昔から言われてきた迷信だ。

 

 

 『ハリー・ポッター』の世界では、写真が動いて話しかけてくる。それもまた、そういうイメージがあったからこそだろう。

 

 

 カメラは私たちの知らない世界を写す。それは死後の世界かもしれないし、私たちがこれから迎える未来なのかもしれない。

 

 

 私が現像してもらった写真を彼に見せた時、途端に彼は青ざめた。そして、ぽつりと、これは罰なのかもしれない、と言った。

 

 

「あいつが、お前を誘ったのは、お前が、俺のことを好きなんじゃないかと思っていたから、みたいなんだ」

 

 

 彼女は私のことが嫌いだった。だから、仲の良い自分と彼を見せつけて、傷つけてやろうとした、と。それが彼女が私を誘った本当の理由だった。

 

 

「私は、そんなこと」

 

 

「ああ、そうだ。俺もそう言ったが、あいつは信じてくれなかった。俺とお前の仲を、いつだって疑っていたんだ」

 

 

 私は悲しくなった。彼女に実は嫌われていたことが、ではない。彼女が今、この場にいないことがたまらなく哀しかったのだ。

 

 

 彼女が私のことを嫌いでも、彼女が私の憧れであることには変わりがなかった。誤解していたのなら、友達らしく喧嘩をして、誤解をなくせばよかったのだ。

 

 

 それなのに、私はもう、彼女と喧嘩することすらできないのだ。彼はその写真を受け取らず、そのまま別れた。以来、一度も会っていない。

 

 

 私はアルバムの中の写真を見つめた。彼の隣りに立って笑っている彼女の姿。カメラを通して見た光景は、今でも覚えている。

 

 

 それなのに、その光景と現像された写真には違いがあった。それも、今となっては決して無視できないような。

 

 

 彼は笑顔で写っているのに、彼女だけ輪郭がぼんやりしているのだ。顔はぼやけてどこが目かすらもわからない。そして、彼女の細い足が途中で薄れて消えている。

 

 

 彼も景色も鮮明に写っているからこそ、いっそう彼女の姿が異様に写る。それは彼女の未来を写した写真なのだ。私は見た時、そう思った。

 

 

 彼女の両親はその写真を受け取らず、お祓いに行くことを勧めてくれた。けれど、私は断って持っておくことにした。

 

 

 だって、これは彼女の最後の思い出なのだ。たとえ、写真に写っていなくても、彼女の楽しそうな笑顔は私の頭の中でいつまでも輝いている。

 

 

写真に写された真実

 

 〈心霊写真レストラン〉、へんてこな名前のレストランができたそうで、インタビューに行ってこい、そう言われました。

 

 

 レストランはカメラを思わせる造りで、ただ、カメラの後ろから舌を出した悪魔みたいな人形が覗いています。

 

 

 まるで待っていたようにドアが開いて、レストランのオーナーが出てきました。さ、どうぞこちらへと、小さな応接間に通されます。

 

 

「大変珍しい名前のレストランですが、どうしてこういう名前にされたのですか」

 

 

 すると、オーナーはにっこりして答えました。よく聞いてくださいました。実はですね……。

 

 

 オーナーの川口さんが初めて心霊写真を見たのは、あるカメラマンが写した一枚の写真でした。

 

 

 おいしそうな料理。オシャレな女優さんがにっこりしている後ろに、男の子と女の子の顔と姿が写っているんです。

 

 

 その心霊写真に写っていた男の子と女の子は、お腹がすいて、お腹がすいて仕方がなかった子どもなんですね。だから、料理を後ろからジーッと見つめている。

 

 

 華やかなレストラン、にっこり笑って料理を口に運んでいる女優さん。じっとその後ろに浮かんでいる、男の子と女の子の哀しそうな顔。忘れられません。

 

 

 それから十五年ほど経ちました。料理人として修業していた私は、色々な国の料理を食べ歩くのを楽しみにしていました。

 

 

 ある年、ロシアからベラルーシに入り、そこでチェルノブイリに行こう、と誘われたのです。

 

 

 夜明け、ベラルーシの首都ミンスクを出て、小さなバス二十人ほど乗って、深い森の中をひたすら走りました。

 

 

 私はどこまでも続く森を、カメラに収めました。日本へ戻った私は、ミンスクからチェルノブイリの写真を現像して、あっと息を呑みました。

 

 

 あの森を写した一枚の中に、たしかに籠を提げた少女が写っているのです。あの時、人影はありませんでした。心霊写真だ、と思いました。

 

 

 私は、レストランを創るなら〈心霊写真レストラン〉という名のレストランを創ろうと心に決めたんです。

 

 

 さ、どうぞ、レストランにお入りください。飢える子どもがこれからひとりも出ないよう、祈りながら召し上がってください。

 

 

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