魔法学校の対抗戦の裏で陰謀が蠢く『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』J.K.ローリング


 私は選ばれた。教師の隣りに立ち、正面を見据えると、多くの視線が私を突き刺した。

 

 

 教師は私の肩に手を添えて、いかに私が素晴らしい功績を残したかということを延々と演説をしていた。まるで自分がその功績を残したのだとでも言うように。

 

 

 しかし、この場の空気は恐ろしく白々しいものであった。気付いていないのは、気分良さげに語る教師だけである。

 

 

 私に向けられるのは、称賛でもなければ、祝福でもない。嫌悪と、憎悪と、無関心。彼らの視線には、それらだけがあった。

 

 

 その中で一人、深い憎悪を湛えた視線が私の視界に入る。その光はどこまでも暗く澱んで、まるで鏡を見ているかのようだった。

 

 

 彼女は私の幼馴染である。長い前髪の下に爛々と輝く瞳は、私を今にも食い破らんばかりに睨みつけていた。

 

 

 私はその瞳を見つめ返す。まるで息をしていないかのように凪いでいた心に、かすかな哀しさという雫が波紋を起こして、すぐに消えた。

 

 

 やめろ。やめてくれ。私をそんな目で見ないでくれ。私だって好きでここに立っているわけじゃないんだ。

 

 

 そんなことを言っても、彼女は憎悪を募らせるだけだろう。いや、もしかしたら、怒りに身を任せて襲い掛かってくるかもしれない。

 

 

 ああ、それはなんて幸福なことだろう。彼女に怒鳴られ、怒られるなんて。もしも叶うのならば、私はそのまま彼女に刺されてもいい。

 

 

 だが、彼女は私を睨むだけで何もしてくれない。当然だ。彼女は誰よりも、私を二度と許さないつもりでいるのだから。

 

 

 私が今、立っている場所は、本来、彼女が立つべきだった場所なのだ。私はそれをよく知っていたし、彼女もそう思っていただろうし、誰もがそう知っていたはずだ。

 

 

 彼女が寝食も惜しむような凄まじい努力をして、ようやく得ることができたその場所を、私が何の苦労もなく奪った。奪ってしまった。

 

 

 彼女の憎悪の視線も当然だろう。むしろ、よく視線だけで我慢できるものだ。彼女の優しさは他ならぬ私が知っていた。

 

 

 教師の寒々しい言葉だけが虚しく響いている。その言葉はまるで冬の風のように私たちの間をすり抜けていった。

 

 

 声がどこか遠くに消えていくような気がした。私はすでに取り戻せない過去の中で、それを聞いていたのだ。

 

 

過ちの末に得たもの

 

「私、将来、小説家になりたいの」

 

 

 彼女はかつて、私に夢を語ってくれたことがある。私はそれを、応援するよと言ったら、彼女は花が咲くような笑顔を見せた。

 

 

 私と彼女は幼い頃から仲が良かった。どこへ行くにも、私たちは一緒に連れ立っていたものだ。

 

 

 私は彼女のことを親友だと思っていたし、彼女も私のことを親友だと思ってくれていたはずだ。

 

 

 それが歪み始めたのはいつくらいからだったか、いや、もしかすると、最初から、私と彼女の間には水が染み入るようにズレが生じていたのかもしれない。

 

 

 私と彼女は仲が良かったが、大人たちからしてみれば、決して歓迎はしていなかったようだ。

 

 

 私の家は地元の名家で、今でも各所に大きな権力を持っている。対して、彼女の家は父親の事業の失敗で莫大な借金を抱えており、毎夜借金取りの声が絶えなかった。

 

 

 あの家の子との付き合いはやめなさい。何度そう言われただろう。父は仕事人間だったから黙り込んだままだったが、厳しい眼で見てきていたのを覚えている。

 

 

 また、母は選民意識のようなものが強く、保護者会でも強い発言権を持っていた。そんな母にとって、私が彼女と親友なのは我慢ならなかったのだろう。

 

 

 そんな父と母の態度に触発されたのか、教師もまた、彼女にはことさらに厳しく当たり、私には媚びへつらった。

 

 

 子どもは大人の意を存外に汲むもので、クラスメイトたちは次第に彼女にいじめをするようになった。

 

 

 私は彼女を助ける勇気もなく、彼女は抗うことすらできない。やがて、周りの思惑通りに、彼女と私は疎遠になっていった。

 

 

 だが、彼女への風当たりは強くなる一方だった。すでに当初の目的は忘れ去られ、いじめをする悦楽に、彼らは溺れてしまっていたのだ。

 

 

 彼女を助けることなく、逃げた私を、彼女は憎むようになった。当然だ。そもそもが私が原因で始まったのに、見捨てて逃げたのだから。

 

 

 親友が聞いて笑わせる。彼女はどれだけ傷ついただろう。私は親友よりも、我が身のかわいさをとったのだ。

 

 

 しかし、私とは関係のないところで、彼女は夢に向かって進もうとしていた。それだけが彼女の支えだったのだ。

 

 

 彼女は学校で開催された絵画のコンクールに作品を提出した。私もまた、母に言われて作品を出した。

 

 

 結果は、私が大賞に選ばれた。彼女は賞すら何ももらえなかった。私の絵なんて何の味もないつまらないもので、対して、彼女の作品は情熱的で美しかったというのに。

 

 

 私は知っている。貧乏な家の子に負けては敵わないと、父と母が圧力をかけたのだ。その結果の大賞である。

 

 

 彼女が私を睨み付ける。自分から全てを奪い去った憎き相手を。

 

 

 私が立っている場所は、選ばれた人だけが立てる特別な場所なのだ。そして、私は選ばれた。多くの人がこの場所を望んだのだろう。

 

 

 だが、私は選ばれたくなんてなかった。こんな場所に立ちたくはなかった。多くの人が望んでいても、私は望んでいなかったのに。

 

 

 誰もが求めているような栄誉を、私は得た。しかし、その代わりに、私は一生かかっても手に入らないものを、永遠に失ったのだ。

 

 

暗黒の時代が再び

 

 リドル家の人々がそこに住んでいたのはもう何年も前のことなのに、リトル・ハングルトンの村では、まだその家を「リドルの家」と呼んでいた。

 

 

 リトル・ハングルトンの村人は、誰もがこの古屋敷を「不気味」に思っていた。五十年前、この館で起きた、なんとも不可思議で恐ろしい出来事のせいだ。

 

 

 五十年前、ある晴れた夏の日の明け方、リドル家の三人が全員息絶えているのを見つけたのだ。村人の関心事は、犯人が誰か、に絞られていた。

 

 

 疑惑の目が向けられたのは、リドル家の庭番であるフランク・ブライスであった。勝手口の鍵は彼しか持っていないからだ。

 

 

 翌朝には、リトル・ハングルトンの村でフランク・ブライスが犯人であることを疑う者はほとんどいなくなっていた。

 

 

 警察では、フランクが自分は無実だと何度も頑固に言い張っていた。しかし、リドル一家の検死報告が警察に届き、すべてがひっくり返った。

 

 

 リドル一家は全員、健康そのものだったのだ。証拠がなかったため、フランクは釈放された。フランク・ブライスは自分の小屋に戻っていった。

 

 

 「リドルの館」の今の持ち主は大金持ちで、屋敷に住んでいるわけではなかった。もう七十歳の誕生日が来ようというフランクは、耳も遠くなり、不自由な足はますます強張っていた。

 

 

 目が覚めたのは足が痛んだからだった。屋敷を見上げると、二階の窓にちらちらと灯りが見えた。灯りのちらつきようから見ると、火を焚き始めたのだ。

 

 

 「リドルの館」の玄関は、こじ開けられた様子がない。フランクは勝手口のところまで行くと、古い鍵を引っ張り出して鍵穴に差し込み、音を立てずにドアを開けた。

 

 

 階段の踊り場で右に曲がると、すぐに侵入者がどこにいるかがわかった。廊下の一番奥のドアが半開きになって、隙間から灯りがちらちら漏れ、黒い床に金色の長い筋を描いていた。

 

 

 火は初めてそこから見えたが、暖炉の中で燃えていた。フランクは立ち止まり、じっと耳を澄ました。男の声が部屋の中から聞こえてきたからだ。

 

 

 椅子を推している小柄な男の背中がちらりとフランクの目に入った。長い黒いマントを着ている。

 

 

 中にいるのは、どうやらワームテールという男と、その主人らしい。そして、彼らは謎めいた会話を交わしているが、その内容が恐ろしいということはフランクにもわかった。

 

 

 彼らは女をひとり、手に掛けた。そして、次はハリー・ポッターという子どもを狙っている。

 

 

 しかし、警察に伝えなければと思ったフランクが聞いたのは、背後の暗い通路で何かが蠢く音だった。

 

 

 その何かを見て、フランクは震えあがった。四メートルはある巨大な蛇だった。蛇はそのまま通り過ぎて、ドアの隙間から中へと消えていった。

 

 

 足音がして、部屋のドアがぱっと開いた。フランクの目の前に、白髪交じりの禿げた小男が、恐れと驚きの入り混じった表情で立っていた。

 

 

 ワームテールは部屋に入るようにフランクに合図した。フランクは杖をしっかり握り直し、足を引きずりながら敷居を跨いだ。

 

 

 椅子がフランクの方に向けられ、そこに座っているものをフランクは見た。フランクは口を開け、叫び声を上げた。

 

 

 緑色の閃光が走り、フランク・ブライスはくず折れた。そこから三百キロ離れたところで、一人の少年、ハリー・ポッターがはっと目を覚ました。

 

 

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