最後の蝋燭を消した時、本物の怪異が現れる『百物語レストラン』松谷みよ子


 小さな部屋に私を含めた四人が集まっていた。暗い部屋の中で、百本の蝋燭の灯りが、彼らの陰を浮き彫りにしている。

 

 

 もうすでに消灯の時間が過ぎているというのに、こんなことをしているともなれば、あの厳格な寮監は黙っていないだろう。厳しい折檻を受けるに違いない。

 

 

 しかし、だからこそ、まるで禁忌を冒しているかのような背徳感が私たちを満たしていた。ごくりと呑み込む生唾でさえ、心地よく感じてしまうほどに。

 

 

 始まりは私の友人である。彼女が、人を集めて百物語をしようと言い出したのだ。

 

 

 私は寮監に怒られるからと止めようとしたのだが、参加者が集まり、道具や日程までをいつになく手際よく準備を進めていたものだから、渋々参加することにした。

 

 

 というのが私の表向きの態度であるが、しかし、内心では私も高揚していたことは疑いようもない。

 

 

 怒られてしまうという恐怖と寮監の目を欺いているという罪悪感が、その言いようの知れない高揚を生み出している根幹だった。

 

 

「みんな、部屋を抜け出すときに誰にも見つかっていないわよね?」

 

 

 発起人である彼女の問いに、私たちは神妙に頷いた。張り詰めたような彼女たちの顔が、蝋燭の灯りに照らされてゆらゆらと揺れている。

 

 

「いい? 怪談をひとつ、話すごとに、蝋燭の火を吹き消すのよ」

 

 

 私たちは頷く。友人が言うには、この部屋にはまさしく蝋燭が百本、並べられているらしい。形だけは完璧だ。

 

 

 それにしても、よくもこんなに蝋燭を集められたものだ。毎度のことながら、友人のよくわからないやる気には感服せざるを得ない。

 

 

 百物語。それがまさに、これから私たちがしようとしていることだ。

 

 

 『百物語レストラン』という本を、彼女が読んだのがそもそもの始まりだった。図書館で見つけたのだという。

 

 

 しかし、私はそもそも、彼女の行動に関していくつかの疑問があった。事態が進んでしまったから、聞くタイミングを逃したというのもあるが。

 

 

 友人は怪談とか、幽霊とか、いわゆるそういったホラー系の話が大の苦手なのだ。それこそ、軽いものですらも悲鳴を上げて耳をふさぐほどに。

 

 

 そんな彼女が自ら『百物語レストラン』などという怪談の本を読み、あまつさえ、百物語を実際にするなんて。それも、今までにない行動力で。

 

 

 彼女なりにホラーの苦手を克服しようとしているのだろうか。いや、しかし。私はどこか怪訝に思いながらも、暗闇の中でため息を吐く。

 

 

 じゃあ、始めるわね。彼女の一言で、百物語は始まった。彼女の艶やかな唇から、おどろおどろしい怪談が綴られていく。

 

 

百物語の最後には

 

 ふっと蝋燭を吹き消すと、炎は揺らいだ後、掻き消えて、細く白い煙だけが暗闇の中に伸びていた。

 

 

 九十九番目の蝋燭が消えて、とうとう残す蝋燭は一本だけとなった。最後は、発起人である彼女が語るのみとなった。

 

 

 私は息を呑んで、みんなの顔を見つめる。他の二人は重ねられる怪談を怖がっているようだったが、彼女だけは意に介していないようだった。

 

 

 百物語の最後の蝋燭を消した時、本物の怪異が現れるという。いや、ただの噂だ。知らず、唾を呑み込む。

 

 

「これは、むかし、むかしのこと」

 

 

 彼女が語り始めた途端、窓を閉め切っているはずなのに、冷たくて湿ったような風が私たちの間をすり抜けた。どこからか、人の笑い声のようなものが聞こえてくる。

 

 

 どうやら、それは私だけが感じているわけではないらしい。他の二人も不審そうに周りを見渡していた。語っている彼女だけが、気づいていないかのように、いや、語るのに熱中している。

 

 

 彼女はとうとう最後の怪談を語り終えた。唇を近づけて、蝋燭を吹き消そうとする彼女を私は止める。

 

 

「ねえ、ちょっと待って。何か、おかしいよ」

 

 

 けれど、彼女は聞いてすらいないかのようだった。瞳が爛々と獣のような輝きを放っている。私はぞっとした。私の静止も聞かず、彼女は蝋燭を吹き消した。

 

 

「こら! お前たち、何をやっている!」

 

 

 突然響いた声と明るくなった部屋に、私たちは大きな悲鳴を上げた。心臓が止まるかと本気で思った。

 

 

 現れたのは寮監だ。かんかんに怒っている。私たちは身を震わせたと同時に、心のどこかで寮監で良かったと安堵していた。

 

 

 ふと見てみると、彼女がいない。あれ、いつの間にいなくなったんだろう。さっきまでたしかにそこにいたはずなのに。

 

 

 結局、私たちは寮監からこってり絞られることになった。彼女は逃げたのだろうと思っていたけれど、後から聞いてみれば、奇妙なことが起こっていた。

 

 

 他の二人に聞いてみても、首を傾げるばかり。それどころか、二人は彼女のことをまるっきり、憶えていないようなのだ。彼女たちは百物語の主催を私だと認識していた。

 

 

 それだけじゃない。彼女はそれっきり姿を現すことなく、寮監も、友人たちも、誰ひとりとして彼女のことを覚えていなかった。

 

 

 彼女はその存在ごと、消えてしまっていたのだ。私だけが彼女の存在を覚えていた。

 

 

 しかし、今。彼女がどんな名前で、彼女がどんな顔をしていたのか。私はそれが、どうしても思い出すことができない。

 

 

おばあさんの語る怪談

 

 レストランのロビーに入ると、黒幕が周りに垂れた小さな舞台があって、ひとりのばあさまが座っていた。そばに一本、蝋燭が灯って、ゆらゆら、炎が揺れている。

 

 

 舞台の前に椅子がいくつかあって、僕たちは引き寄せられるように椅子に座った。

 

 

 すると、ざわざわと風の音がした。舞台の上のばあさまは小さい。よく見ると人形だった。それが、静かに語り始めた。

 

 

 頓と昔、あったそうな。若い衆が肝試しやろうと言って、墓場に集まって、真夜中、百物語始めたって。蝋燭百本灯して、語るたんびに一本ずつ消していってな。

 

 

 いよいよ話が進んで、ひとりの若い衆が百番目の話を語り始めると、不気味な音がして、冷たい風が吹いてきた。

 

 

 と、ぼうっ、とひとつ、青い火の玉が浮かんで、ふわふわと寄ってくる。もうみんな震えあがって逃げ出したと。けど、語りをしていた若い衆は、知らん顔して語り終えた。

 

 

 すると、青い火の玉は、ぼうっと崩れて、だんだんと人の形になってよ、なんと幽霊だったてや。

 

 

「お前を見込んで頼みがある。どうか聞いてくれ」

 

 

 若い衆が頷くと、幽霊は語り始めた。

 

 

「おらはどうかして金持ちになろうと一生懸命働いて金を貯めた。甕に入れて、村の端の袂の柳の木の下に埋めておいた」

 

 

 ところが、ある日、俺はぽっくり馬に蹴られた。お前にみんなやるから、甕を掘り出しておらのために供養してくれ。おら、食うものも食わねで金貯めただによ。そう言うて、幽霊は消えた。

 

 

 そこで若い衆は夜が明けてから村の端の袂に行って、柳の木の下を掘ったらな、甕が出てきて、小判がいっぺ、入っていたって。

 

 

 若い衆はその金で幽霊にお墓立ててやってよ、残りで〈めしや・百物語〉という食いもん屋、開いたと。食うもの食わねで働いた男のために、うめいもん、作ってよ。

 

 

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