やれとあるうち捨てられた廃屋に、顔突き合わせた三匹のケダモノ。はてさて、いったい何の話をしているのやら。
「しかし最近は随分と物騒な世の中になったもんだねェ。科学とやらが発展してさ、今や人間どもは何をしたって驚きやしねェや」こういったのは細い面した狐の優男。
「いやはやまったく」こう答えたのは狸どんの旦那。「我らの同胞も次々とただの獣に戻るばかり。このままでは我ら妖怪は滅びの道を歩むのみにてごわす」
「はああ……いやだねィ、男どもは。何を辛気臭い面しているのやら。そんなんじゃあお先真っ暗になるのも無理ないね」そういったのは猫娘。
「猫の、随分と余裕綽綽であるな。お前たちとて他人事ではあるまいに」
「いやなに、ホラ、アタシは『ゲゲゲの鬼太郎』っていう……えっと、漫画? アニメ? とまあ、絵芝居みたいなもんの常連だからね」
「そうか! 創作物!」狸の旦那がぽんと腹鼓を打った。「なぜ思いつかなんだか! かつては我らも絵巻物でブイブイ言わしていたというに!」
「狸の旦那はかのジブリ映画で『平成狸合戦ぽんぽこ』なる大仰なものがあったではないか。その影響か、ほれ、未だに旦那ァ二足歩行でどことなくアニメ顔」
「いつの頃やと思うとる。今は令和や、ここはひとつ、新しいモンどんとこさえて、もう一度我らが復権を!」
「そういえばいつかもなかったかい? アタシはアレが好きだったんだけどねィ。何だったか、一つ目小僧、じゃなくて、袖引き小僧、でもなくて……」
「豆腐小僧かね」狐が答えると、猫は「ああ! それよそれ!」と叫ぶ。
「絵姿にしては立体的で不思議な心地でサ、人情ものといった感じで、なかなかに泣けたわよ」
「ふむ、怖くない妖怪、とな……まるで現代の我らの体現ではないか」
「あんた、何見てんのさ」
「ウィキペディアである。便利だぞ」
「……アンタ、そんなのを見てるから妖怪としての風格がなくなるんじゃないのかい」
「京極夏彦とやらの『豆腐小僧双六道中』なる物語が原作らしい」
「なに、京極夏彦じゃと」
「知っておるのか、狐どん」
「なるほどなァ、あの本か。読んだことがある。妖怪としての在り方を改めて考え直す、良い小説だったねェ。なんといっても豆腐小僧がかわいいのなんの」
「……コレか。表紙はたしかに愛嬌があるが、かわいらしいとなると何とも……」
「いやいや、読んでみなされ、俺の云うこともわかるはずさね。貸してあげるから」
「アタシも読んでみたいわ。ちなみに、アタシたちの同胞は出てくるの?」
「おう、出てる出てる。猫は良い役ぞ」
「やった!」猫は小躍り、飛び跳ねて。
「俺の同胞もなかなかに大役だった」狐自身も自慢げな表情。
「儂は? 儂の同胞はどうだった?」
「あー……」狐、一瞬答えにくそうに眼を逸らしてから、「……大役だったぞ」と答えた。
「良いぞ良いぞ!」嬉しそうに喜ぶ狸に、目を逸らす二人。まさか言えまい。大役なれど。
「良い傾向ではないか。このまま人間どもが我らを創作物として登場させれば、我らもかつての趨勢を取り戻すことができるはず」
狸親父は行く末に広がる希望を見出して思わずにやり。これぞまさしく捕らぬ狸の皮算用。
その名は豆腐小僧
その昔――。江戸郊外のとある廃屋に、一匹の妖怪が棲みついておりました。棲みついていたと申しましても、妖怪でございますから、これは実体がある訳ではございません。
この場合――廃屋に棲みついていたのは、やはり擬人化された概念、とお考え戴けますまいか。お話に出て参ります妖怪さんの方もそのへんは心得たものでございまして、己がそうしたモノだと云う自覚をちゃんと持っております。
所謂想像上の産物なのだと、妖怪さんの方も十二分に承知しておるもの――とお考えください。
さて、その廃屋に棲みついておりました妖怪でございますが、名を豆腐小僧と申します。
小僧と申します以上、姿形は少年でございます。少々頭が大きくて、笠を被っております。手には大抵お盆を持っておりまして、盆の上には紅葉豆腐が載っております。
この豆腐小僧、江戸後期の絵草子やら歌留多やらに頻繁に出て参ります。当時はやけに人気のあったキャラクターだったようでございますな。
しかしこのお化け、人気だけはあったものの、ただ豆腐を持って立っている小僧だと云うだけで、取り立てて何をするでもないと云う妖怪でございました。
怖がらせるとか、人を困らせるような悪さをするとか、そう云うことは一切ございません。出て来たところで脅かすまでには至らないと云う、至って情けないお化けでございます。
この豆腐小僧が、このお話の主役なのでございます。
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