孤独ほど贅沢なものはない『極上の孤独』下重暁子
「孤独死ですって……かわいそうに、ねぇ……」
入館ありがとうございます。ごゆるりとお寛ぎくださいまし。
「孤独死ですって……かわいそうに、ねぇ……」
あとでやろう。今はちょっと、忙しいし。まとまった時間にまたやろう。そうしてまた僕は、先送りにした。
不思議なものだと思う。見下ろした自分の手のひらの、この柔らかい肌の下に、赤い血液が休みなく流れている。とてもそうは見えないのに。
いつからだろう。爪を噛む癖ができた。かりかり。かりかり。気が付けば、私はいつも爪を噛んでいる。
なんだか、疲れたな、いろいろ。会社からの帰路をとぼとぼと歩きながら、私は思わずため息を吐いた。
何か、黒いものが胸の中に渦巻いているような気がした。地中の底に眠る、グツグツと煮立ったマグマのように。
別れましょう。妻の口からその言葉を聞いた瞬間、俺の時間は止まったような気がした。
「何もしなくてもいいよ」
「では、誰か学級委員長を決めましょう」
言葉は強い力を持つ。落ち込んだ人を救い、愛を囁くこともあれば、無数の見えないナイフとなって、前触れもなく心を突き刺してくる。