道端に一輪のタンポポが咲いておりました。弾けるように咲いている黄色い花はまるで太陽のようでかわいいのです。
私は小さい頃から花が好きでした。しかし、その中でもタンポポはあまり好きではなかったのです。
花とは対照的に、根元に大きく両手のように広がった葉はノコギリみたいにギザギザで、なんだかかわいくありません。
それに太い茎は、千切ると中から白い汁がじんわりと溢れてくるのです。それが指についた時の嫌悪と言ったら。
綿毛になると、風に吹かれてふわふわと飛んでいきます。集まったままの綿毛は丸くてかわいいのに、それらは服にぺたぺたと貼りついてくるのです。
ひとつだけのそれをじっくり眺めると、まるで虫のようにも見えて、ふと見た時にはぞくっと背筋を震わせたものでした。
そんなわけで、私はタンポポがどうにも嫌いだったのですが、その認識が変わったのは小学校の時のある授業でした。
その日はちょっと変わった授業をしていました。学校の周りを歩き回って、食べられる野草を見つけて料理して食べようというものです。
ヨモギみたいによく聞くおいしい野草の中には、タンポポの姿もありました。食べられるというのは支給された野草図鑑に書いてあったので知っていましたが、気乗りはしません。
そんなことを考えていて、集中が途切れていたからでしょうか、飛び跳ねた油が私の指に襲いかかりました。
「だいじょうぶ?」
涙目で指をさする私に気がついたのは同じ班の男の子でした。あまり話したことはありませんでしたが、彼は先生を呼んでくれました。
そんなひと悶着もありつつ、どうにか調理は完成しました。皿の上に乗っていたのは、衣をまとったタンポポの天ぷらです。
残してはならない精神からおそるおそる齧りついた私は、その時に感じた衝撃を忘れることはないでしょう。
かりかりした衣の中にあるふわっとしたタンポポの花と葉は、その日に食べた野草の中でも一番おいしかったのです。
子どもというのは単純なもので、それ以来、私の中にあったタンポポへの嫌悪感もふっとなくなりました。
以来、私は道端に咲いているタンポポを自然と目で追うようになりました。食べたのはその授業以来一度もありませんでしたけど。
そのため、タンポポのおいしさは私の中できれいな思い出のひとつとなりました。それが呼び起こされたのは、有川浩先生の『植物図鑑』を読んだからです。
その瞬間、私の心は、あの思い出の中の幼い私に戻っていたように思えるのです。
花の蜜は恋の味
『植物図鑑』は初めて読んだ時、ちょっと変わった恋愛小説だという感想を抱きました。
私は以前から有川浩先生の描く胸がドキドキするような甘い恋愛が大好きなのですが、この作品も例外ではありませんでした。
しかし、この『植物図鑑』は、題名からは想像できませんが、恋愛小説であり、グルメ小説でもあるのです。
『雑草という名の草はない。すべての草には名前がある』というのが、この作品の大きなテーマ。
私たちが日頃から邪魔なものだと思っている道端や庭に生え放題になっている雑草。
彼らにも、それぞれちゃんとした名前があるのです。そして、それは時に私たちがおいしく食べることができるようなものであることがあります。
フキノトウ、ツクシ、ノビル、セイヨウカラシナ、ワラビ、イタドリ、クレソン、ユキノシタ。
どこかで聞いたような植物が、実はすぐ近くに生えていて、しかもそれをおいしく食べることができるとなれば。
香りや見た目まで詳細に描写されている料理は、読んでいて思わずお腹がすいてくるようなものでした。
野草なんて食べようとも思っていなかったのに、それを読むと、ああ食べたい、と強く思うのです。
私たちの生活には、作中に描かれている野草のように、身近にあっても価値に気がついていないものがあるのかもしれません。
それはほんの少し視点を変えてみれば、きっと私にも見ることができるのでしょう。
それは、イツキを拾ったことで人生が変わったさやかのように、人生を変えるきっかけになるかもしれませんね。
私は道端に咲いたタンポポを見つめました。誰かに踏まれたのか、それは少し汚れていましたが、それでも、逞しく、力強く咲いています。
「タンポポ、好きなの?」
ええ、好きですよ、食べるのも、見るのも。隣を歩く男性に私が頷いて答えると、彼はそっかと笑いました。
かつての私なら、彼がこんなにかわいい笑顔をしていることに気づきませんでした。これもまた、花が結んだご縁でしょう。
おいしい野草料理が紡ぐ恋愛
樹木の樹って書いてイツキって読むんだ。さやかが彼から聞いた個人情報はそれだけだった。
出会ったのはまだまだ夜が凍り付く、冬も終わりかけの休日前夜のことである。
帰り道を辿りながら、その頃流行っていた曲を鼻歌で歌っていた。マンションのポーチに近づいた時、さやかはそれを見つけた。
申し訳程度のポーチの植え込みに放置してある大きな黒いゴミ袋。さやかは顔をしかめてゴミ袋に近寄り、そして悲鳴を上げた。
遠目にゴミ袋と見えていたのは人間だったのだ。リュックを背中に植え込みの中で丸くなってころがっている同年代の男である。
さやかはまともに働いていない頭なりに判断を下しながら、そっと腕を伸ばして人差し指で男の頬をつついた。温もりが彼女の指に返ってくる。
彼は行き倒れているらしい。お金は使い果たして無一文。お腹を空かせていて一歩も動けないとのことだった。
さやかはかわいそうと思い、男の前にしゃがみこんだ。彼はぽんとさやかの膝に丸めた手を載せた。
「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか。咬みません。躾のできたよい子です」
まるで犬のお手みたい。そんなことを考えていたから、男の茶化したような発言はさやかのツボに入った。
彼女は男を拾うことにした。今にして思えば、この瞬間を魔が差したというのだろう。
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