愛を知った醜い怪人の悲劇『オペラ座の怪人』ガストン・ルルー


 芸術というのは怖ろしいものだ。人は人生の中で一度――あるいは一度もないか――自分の人生を一変させるほどの作品に出会うという。

 

 

 それは時に紙に綴られた文章であり、カンバスに描かれた絵画であり、巧みにカメラの中に収めた映像であり、恍惚とするほど美しい音楽である。

 

 

 ひとたびその作品に出会ってしまえば、彼、あるいは彼女はその作品のことより他に何も考えられなくなる。

 

 

 命も、思想も、何もかもを超越した圧倒的な力の前に、自分の人生そのものがその作品の内に取り込まれるのだ。

 

 

 そうなったが最後、人生はその作品を中心に回りだすだろう。静止すらもその作品の手中に握られるようになる。

 

 

 とはいえ、そんな出会いを果たす人は少ない。ほとんどの人はただきれいだの素晴らしいだの、ありきたりな賛美の声を零すだけにとどまるのである。

 

 

 ただ、それぞれの作品にはその作品なりの波長というものがあり、その人にはまるでそれがパズルのピースのようにぴったりと心の中にはまるのだ。

 

 

 よくわからない? ああ、まあ、そうだろうね。私もその感覚をどう説明すればいいのかわからない。説明しようがないのだ。

 

 

 君、ガストン・ルルー先生の『オペラ座の怪人』を知っているかね。

 

 

 ああ、映画が有名かもしれない。その作中の挿入歌は有名だろう。耳に残る、荘厳な曲だ。私も最初はあの曲からだった。

 

 

 私は曲自体は好きだったのだが、『オペラ座の怪人』という物語については何も知らなかった。ただ、興味だけは抱いていたがね。

 

 

 ある時、ふと思い至って本屋で原作の『オペラ座の怪人』を買った。家に帰って読み始めた途端、私は言葉をなくした。

 

 

 衝撃を受けたわけでもない。悲劇に感動したわけでもないし、怪人の恐怖に圧倒されたわけでもない。

 

 

 ただ、言葉をなくしたのだ。心が動いた、という自覚すらも抱いてはいなかった。

 

 

 ただ、私はその瞬間、現実世界への一切の興味を失った。物語の世界に耽溺し、奏でられる文字の音楽に陶酔した。

 

 

 思えば、私の人生はあの時、オペラ座の地下へと囚われたのだろう。

 

 

仮面の下に

 

 『オペラ座の怪人』は過去に幾度も映像化、舞台化されている。音楽、映像美、演技と、その評価は高い。

 

 

 しかし、私は映画に加えられた脚色に、腑に落ちないところがある。それは『オペラ座の怪人』をしばしば怪奇ホラーに仕立て上げることだ。

 

 

 もっとも原作に忠実とされる1925年のルパート・ジュリアン監督の映画ですら、〈怪人〉は猟奇犯罪者にされているのだ。

 

 

 どうしてこの悲しい物語からホラーができるのかと、私は不思議に思えてならない。これほど悲哀に満ちている物語は創作物が横溢した今の時代にあってもそうないだろうというのに。

 

 

 と思っていたのだが、とうとう私はその要因に思い至った。この作品をホラーとして見る彼らは、シャニー子爵やクリスティーヌに移入しているからではないか、と。

 

 

 私は子爵はもちろん、クリスティーヌやオペラ座の支配人、カルロッタに対する激しい怒りでどうにかなりそうになりながら読んでいた。

 

 

 それは、私が〈オペラ座の怪人〉に深く没入して読んでいたからであろう。私の中に生じた怒りは、彼の抱いていた激情だったのだ。

 

 

 映画や舞台によって、世間の中にある〈怪人〉は物語の中でクリスティーヌやシャニー子爵たちの抱いた『怪物』というイメージが固着してしまった。

 

 

 私はそのことが悲しくてならない。ガストン・ルルー先生自身は徹底して彼を怪物ではなくひとりの人間として描いていたというのに。

 

 

 初めての恋に溺れて暴走し、多くの人を傷つけてしまったがゆえに化物となってしまった〈怪人〉。

 

 

 しかし、初めて愛を知った人間が正気でいられると、諸君は本気で思っているのか。愛は偉大なりというのは多くの物語が教えているだろうに。

 

 

 〈怪人〉はむしろ、どこまでも人間なのだ。生まれてから一度も得られなかった愛を手にしようとしてもがく普通の人間なのだ。

 

 

 諸君が見ているのはおぞましい怪物の仮面なのだ。その仮面の下に、涙で頬を濡らす人間の顔があることを、諸君は知らなければならない。

 

 

醜い男の狂った愛が巻き起こす悲劇

 

 〈オペラ座の怪人〉は実在した。それは、今まで長い間考えられてきたような、たわいない空想の産物ではない実在の人間、生身の人間だった。

 

 

 私はオペラ座の古い記録を調べ始めた途端、怪人のせいにされているさまざまな現象が、ある悲劇的な事件を同時に起きており、それらを合理的に説明することができるかもしれないと気づいた。

 

 

 それはほんの三〇年ほど前の出来事だから、オペラ座の楽屋に行けば、当時の状況を今でも昨日のことのように覚えている人たちが見つかるはずだ。

 

 

 クリスティーヌ・ダーエの誘拐、シャニー子爵の行方不明、フィリップ伯爵の逝去と、その仏がオペラ座の地下に広がる湖のほとりで発見された不可解で悲劇的な事件。

 

 

 しかし、証人たちの中には、あの悲惨な事件を〈オペラ座の怪人〉という架空の存在と結び付けて考えたことのある者はひとりもいなかった。

 

 

 私が真相に気づくには時間がかかった。心が折れそうになったことも何度もあった。だが、私はある日、自分の勘が的中していたという証拠を掴んだ。

 

 

 オペラ座の理事に当時のシャニ―事件を担当した判事であるフォール予審判事を紹介してもらえたのだ。

 

 

 彼は伯爵と子爵の兄弟の間にクリスティーヌ・ダーエをめぐって怖ろしい悲劇が起きたと確信していて、〈怪人〉の話にはほとんど耳を貸さなかった。

 

 

 当時、〈怪人〉に会ったことがあるという証言をした男がいた。彼はパリの社交界で〈ペルシャ人〉と呼ばれている。

 

 

 私は幸運にも彼と出会うことができた。最初、私は半信半疑だったが、彼は〈怪人〉について洗いざらい話し、手紙などの確固たる証拠を見せてくれた。

 

 

 私はさらに、事件とかかわりがあった名士たちに集めた資料を全て見せ、推理を披露した。彼らも私の意見に賛成し、私を大いに激励してくれた。

 

 

 最後に、私はオペラ座という巨大な建造物を歩き回ってみた。それは〈ペルシャ人〉からの資料の正しさを裏付けた。

 

 

 しかも、ちょうどその時、ある決定的な証拠が発見され、私の苦労がついに報われることになったのだ。

 

 

 先頃、オペラ座の地下を掘ったところ、地中から人間の遺体が発見されたのだ。私はそれがほかでもない、〈オペラ座の怪人〉の遺体だという証拠を手に入れた。

 

 

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