仕事を失った。本来ならば悲しむべきことなのかもしれない。しかし、今の私の胸中には、これからどうしようという不安と、相反する喜びが渦巻いていた。
大学を卒業した私が選んだのは、地元に根強く点在しているチェーン店の販売職だった。
特に深い理由はなかった。ただ、転勤しても遠くへ行かされることはないだろうということだけがその仕事を選んだ理由である。
四年間の大学生活では、私がやりたいことはとうとう見つからなかった。ただ、友だちだけは何人かできた。
だから、片手間に緩く働きながら、趣味を楽しんだり友だちと遊んだりできればと考えていたのだ。
しかし、その考えは甘かったといえよう。
私の生活は次第に仕事によって浸食されてきた。休日に友だちと会っている時でも職場から電話が鳴り、朝から終わらなかった仕事を片付けに行くこともあった。
趣味を楽しむ余裕はなく、精神が蝕まれていった。笑顔を浮かべることができなくなり、生きる気力が失われていくのを感じた。
毎日のように辞めたいと願っていた。いっそクビにされたらどれほど楽だろうと思っていた。そんな思いのまま、会社に通い続けた。
いつものように休日にかかってきた電話から、職場の先輩からの説教を聞いた時、私の中の何かがぷつんと切れたような気がした。
休日であっても、私は会社に囚われていた。逃げ場はない。どうすれば逃げられるのだろうか。逃げられないならば、いっそ。
最悪の考えが未だかつてないくらい近くまで私を誘惑していたその時、私はふと目が覚めた。
あんなくだらない職場に、あんな仕事もろくにできない先輩に、あんな仕事なんかに、ここまで追い込まれるなんて馬鹿じゃないのか、と。
辞めても命を失うわけじゃない。だが、このまま仕事を続けていると、私は命を失うだろう。
仕事を止めてきた親も、友人も、何もかもが私の敵だ。私自身は、私自身で守るしかないのだ。
そう思った途端、私の視界を覆っていた暗闇が晴れたような気がした。一本道だと思っていたそこには、いくつもの道があった。
辞めよう。とっとと仕事なんてやめてしまって、こんな牢獄から逃げ出すのだ。それは今まで流されるままに生きてきた私が初めて自分から下した決断だった。
辞めたいと店長に伝えたのはその翌日のことだ。会社の先輩からは嫌味を言われ、友人からは呆れられ、親からは怒られた。
転職活動はしていない。会社を辞めた後、どうするかなんてことはまるで考えていなかった。
だが、牢獄の中でただ延々と暗い自分の未来を数えていくよりは、苦労するであろう外の方がよほどましだった。
私が会社員という肩書をなくしたのは、それから三か月後、つまり今現在のことだ。
空は広いのだ。どこまでだって行ける。なんでもできる。私はそのことに、今、初めて気がついたのだ。
第二の人生
仕事をやめた私は、どうにも戸惑ってしまった。仕事をやめることで、まず時間が有り余ったからだ。
暇を持て余した私は、本屋に出かけることにした。未来に対する不安から目を背ける意図もあった。
本棚をぼんやりと眺めていた私は、ふと、けばけばしいピンク色の装丁が目に入った。『フリーエージェント社会の到来』という本だ。
ページを開いて読んでみると、そこに書かれていたのは、今までの私の常識をことごとく覆すものだった。
会社に囚われることのない、自由な生き方。それは、私が望む未来そのものだった。
フリーエージェント。その言葉は私を強く魅了した。自由、というのは、今、私が何よりも欲しいものだった。
これだ。私がなりたいもの。私が目指すべきもの。就職ではない、新しい生き方。
そのためには、今までさぼってきた分の努力と、今まで信じてきた常識を疑っていくことが欠かせなかった。
構うものか。そもそも、私はあの時、命を失う覚悟をしたのだ。今までの私は、あの時、この世からいなくなったのだ。
私は変わらなければならない。変わる勇気を持つ。それこそが、自由を手にするための第一歩だ。
組織に雇われない働き方
6月のワシントンDCは、うだるような暑さだった。ワイシャツは汗に濡れてべったり肌に張り付き、気分までじめじめした。
気がついた時には、椅子に座って胃の中のものを戻していた。すぐにホワイトハウスの医師がやってきた。診断の結果は、過労だった。
その三週間後、アメリカ独立記念日に、私は勤めを辞めた。もう二度と勤め人にはならないと決めたのだ。私は、フリーエージェントになったのである。
ワシントン自宅の屋根裏にオフィスをこしらえると、身につけた技能とコネを生かしてどうにか生計を立てようと考えた。
こうして私ことダニエル・H・ピンクは、特定の組織に属さずに、スピーチの原稿や雑誌の記事を書く仕事を始めた。
実を言うと、ホワイトハウスからの脱出は、ずっと前から考えていたことだった。そう思っていたのは、私だけではなかった。少なくとも、私はそう感じていた。
友人や知人の中にも、会社や役所の勤めを辞めて、独立して働き始める人たちがいた。転身組の多くは、私のように仕事に疲れ、そして職場に失望していた。
この現象について、私たちの調査が始まった。フリーエージェント・ネーションを探し求めて、アメリカ各地を旅した。
私は「真実にかなり近い」結果を得たいと思っていた。そして実際に、「真実にかなり近い」結果を得ることができたと思っている。
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