私は選ばれし人間だ。私の想い通りにならないことはない。かつての私は、愚かにもそう信じて疑わなかった。
若かった、といえば、そうかもしれない。しかし、若気の至りというには、あまりにも長かったようにも思う。
私の父はいくつもの企業を束ねる大企業の社長で、私は金に困るという一度たりともしたことがなかった。
欲しいものは何でも手に入ったし、幼い頃から我儘三昧だった。母が私を甘やかし、父は母の言いなりだった。
高級住宅街に、どこよりも大きな豪邸を構え、何人もの使用人を雇っていた。幼い頃の私は彼らを便利な道具か何かのように扱っていたが。
ハンバーグが欲しいと言えば、ハンバーグがすぐに出てくる。ゲームが欲しいと言えば、最新機種を誰よりも早く手に入れることができた。
それだけならば、ただの子どものわがままで終わるかもしれない。しかし、当時の私はそんなに生ぬるいものではなかった。
使用人に勉強をするよう言われて、こいつは嫌いだと言ったら、翌日からその使用人はいなくなる。そんなことは日常茶飯事だったから、我が家の使用人は入れ替わりが激しかった。
それだけではない。学校で、気に入らない奴がいたら、母親に言う。そうすれば、一か月後にはそいつは転校している。
信じられないような話だが、当時の私、そして家族はそんなことを平気でしていた。それが当たり前だと思っていた。
高校生の時になっても、私はそのままだった。いや、もっとひどくなったと言ってもいいだろう。
というのも、私も当然のように、女性に興味を持ち始めたからだ。しかし、真っ当な恋愛をしたことはない。
気になった女性がいれば、どんなことをしても手に入れた。恋人がいる相手でも関係ない。無理やり別れさせたことも一度や二度ではなかった。
女性がかたくなに拒否した時には、その女性にひどいことをすることもあった。犯罪になりそうな時でも、父が無理やり握り潰した。
当時の私はそれを恋愛だと言い張っていたのだから、性質が悪いものである。私に人生を狂わされた人間は、何人いるだろう。
私は選ばれし人間だ。他の愚かな奴らとは違う。だから、何をしてもいい。そう信じていた。
そんな私が変わったのは、私が中年にさしかかった頃のことだった。
かわいそうに
忘れもしない、あれは私が父の持っている企業の系列の子会社にいた頃のことだった。
就職はしていたが、働いていたわけではない。今にして思えば、好き勝手に指示をして仕事を増やしていただけだ。だが、当時の私は出社することを働くことだと思っていた。
その頃でも私のわがままは相変わらずで、私に反抗する社員は父の権力で会社を辞めさせていた。
その中のひとりだった。優秀で、何の非の打ちどころのない社員を、嫉妬で辞めさせたのだ。
私はその男の爽やかな容姿や女性に人気のあるところが気に入らなかったから、さらに追い詰めようと考えた。
男は頭を抱え、その妻は泣いていた。私はその様子を見て、愉悦を感じる。しかし、次の瞬間、ぞくっとした。
彼らの娘が、そこに立っていた。幼い娘だ。泣いている母に駆け寄るでも、父に近寄るでもなく、ただじっと、ぬいぐるみを抱えたまま私を見つめていた。
私は居心地が悪くなって、あとのことは部下に任せてその場を立ち去った。愉快な気持ちが一気に冷や水をかけられたように冷めていた。
それからのこと、私はどういうわけか、あの時の娘の瞳が忘れられなくなった。今まで見てきた、憎悪とも、哀しみとも違う、しかし、何かの感情のこもった瞳。
そして、唐突に思い至った。それは哀れみだった。彼女は私に哀れみを抱いていたのだ。
普段ならば気にかけないだろうそれが、どういうわけか、私の心を突き刺した。年端も行かない少女に哀れまれているという事実が、私の過去を剥き出しにしていく。
私はその瞬間、罪の意識に苛まれた。あまりにも今さらの、遅すぎる気づきだった。だからこそ、積もり積もった私の罪はもはや償いきれるものではなかった。
そこからの私は心を入れ替えた。寄付や慈善事業に手を尽くして、今では社会的にも高い評価を得ているが、そんな人間ではないことは私が一番知っている。
こんなことで罪を償えないことは知っている。私はあまりにも多くの人生を狂わせてきた。
しかし、罪の意識に苦しみ、自分を責め続けて何を得るだろうか。そこから得るのはただの自己満足でしかない。大切なのはその先に自分がどうするか、だろう。
あの時、出会った彼女に私は深く感謝している。彼女はきっと天使だったのだ。どうしようもない私に、哀れみという裁きを与えてくれた。
彼女の名を私は知らない。男と妻の間に、その当時、子どもはいなかったそうだ。あの子はいったい、何者だったのだろう。
天使がラッパを吹く時
大学を訪れたまりあは、広い芝生の上にシートを敷いて、木にもたれながら本を開いた。
新緑が眩しく光り、鳥のさえずりに春風が心地よく、うっとりと目を細めた。本当にいい気持ち。そう思っていると、通り過ぎる学生たちが手を振ってきた。
どうやら大学内で有名人になってしまっているらしい。まりあも笑みを返しながら、なんだか気恥ずかしいかも、と肩をすぼめた。
広い構内を見回していると、十歳前後の男の子がきょろきょろしている姿が目に入り、目を凝らした。
小さな男の子がひとりでこんなところにいる。なんてきれいで明るい金髪。ああいうのをプラチナブロンドというんだろうな。
思わず立ち上がって歩み寄り、かがんで声をかけると、少年は驚いたように顔を上げた。
真っ白な肌に青い瞳がきらきらと輝き、少年というより少女に見えるその容姿はとても愛らしく美しい。
しかし、幼い少年の美しさを前に感激していると、彼はハッと鼻で笑って、流暢な日本語で悪態をつくと、笑いながらすたすたと歩き去った。
まりあがしばし呆然と立ち尽くしていると、雄太が姿を現した。聞いてみると、彼のことを教えてくれた。
少年の名前はルカ・ミネルヴァ。九歳でハーバードを卒業した天才少年で、イギリスの研究所にいる。『神の子』と呼ばれているのだとか。
――まりあに悪態をついたルカはそのまま大学前に停められているロールス・ロイスの後部座席に乗り込んだ。
「今日の用は済んだのか?」
後部座席に座っているスーツを纏った中年の白人紳士の問いに、ルカはこくりと頷いた。
「それで? 完成はいつ頃になりそうだ?」
「三ヶ月、見てもらえれば」
そう漏らしたルカに、男は満足げに頷いた。
「完成したら、お雨は正式に私の息子だ」
そう言って頭を撫でる男に、ルカは少し照れたように頬を赤らめ、その後にしっかりとした顔つきを見せた。
「必ず、完成させます」
「期待しているよ」
やがて、車は立ち込めだした霧の中へと消えていった。
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