魔物と人間のラブコメディ『dear』藤原ここあ


 彼らと私たちの、何が違うというのだろう。私たちは何もしていないのに、種族の違いはそんなにも大切なことなのだろうか。

 

 

 小さな小屋で、ひとりっきりで、木の実を食べる。胸にぽっかりと穴が開いたような淋しさも、すっかり慣れてしまった。

 

 

 ただひとりの肉親だったお母さんが亡くなったのも随分と昔のことになってしまった。この小屋はひとりで住むには、ちょっとだけ大きい。

 

 

 今日は満月だ。森の木々の隙間から、月の光が降り注いで何本も柱を作り出している。

 

 

 月明かりに照らされた私の影。毛が生えて、口元には長い牙、頭の上に耳が動き、お尻に生えた尻尾が上下に揺れている。

 

 

 ライカンスロープ。お母さんの言っていた人間は、私たちのことをそう呼んでいるらしい。

 

 

 満月の夜、私たちは狼の姿になる。それはお母さんもそうだったし、私も幼い頃からずっと変わらない。

 

 

 狼になった時でも、野生の狼のように狩りなんてしたことがない。お母さんのもふもふの毛に顔を埋めて、眠りにつくのが好きだった。

 

 

 今でもお母さんのことを思い出すと、寂しくなる。自分がひとりなんだということを思い出しちゃうから。

 

 

 私は寂しさを紛らわせるように身体を丸めた。本当は布団を頭から被りたいけれど、満月の夜は毛がたくさんついちゃうからもぐりこめない。

 

 

 思い出すのは、お母さんのこと。お母さんは「森から出て人里に行ってはいけない」と何度も言い聞かせてきた。

 

 

 人間という、私たちとは別の存在がいることは知っていた。姿はほとんど同じだけれど、彼らは満月でも狼にはならないらしい。

 

 

「絶対に会ってはいけないよ。彼らはとても怖ろしい存在だから」

 

 

 お母さんからは、そんなふうに教えられていた。けれど、かつて隠れて見たことのある人間は、とても怖ろしいようには見えなかった。

 

 

 なにせ、私と見た目は同じだし。違いは狼になるかどうかだけ。そんなに変わらない。

 

 

「私、人間と仲良くなりたい」

 

 

 私がそう言うと、お母さんは今まで見たことないような顔になった。目をいからせて、恐怖と怒りがないまぜになったかのような。

 

 

 お母さんからは絶対にしてはいけないと言われた。けれど、そう言われるたびに、私は人間に焦がれるようになっていった。

 

 

 今でも憧れがある。人間たちと一緒に遊んでみたい。彼らとお友達になってみたい。森の外に出てみたい。

 

 

 そんな時だった。その物語を読んだのは。それは魔狼と呼ばれる少女と、人間の青年の話。

 

 

 それは森の中で見つけたものだった。きっと、森に入った人間が落としていったのだろう。『dear』というマンガだった。

 

 

 最初こそ憎んだり、わかりあえなかったりする二人が、次第に心を通わせるようになって、互いに大切に思うようになっていく。

 

 

 それはとても素敵な物語だった。そして、憧れた。彼女たちのように、私も、人間とわかり合うことができるんじゃないか、と。

 

 

 ずっと望んできた夢。私はひとつの決意を固めた。森を出て、人間と会おう、と。

 

 

何も変わらないのに

 

 私は森の中を走っていた。お腹が痛い。まるで焼けるような激しい痛みだった。でも、足を止めるわけにはいかない。

 

 

 四本の足で木々の間を駆け抜けていく。背後から、大勢の人たちの足音と、草木を分ける音が聞こえていた。

 

 

 人間の里に下りた私は、とりあえず自分の正体を隠して、人間として名乗ることにした。正体がバレたら危ないというのは、お母さんから何度も言われていたからだ。

 

 

 彼らは私を温かく迎えてくれた。おいしいものをいっぱいくれて、毎日のように遊んだ。まるで夢なのではないかと思うほど、楽しかった。

 

 

 ほら、彼らはこんなにも優しい。お母さんが言っていた怖いなんてことはなかった。私がライカンスロープだと知っても、もしかしたら、受け入れてくれるかもしれない。そう思っていた。

 

 

 それはある日のことだった。みんなで遊んでいた私は、その日が満月だということもすっかり忘れて、遅くまで一緒に遊んでいたのだ。

 

 

 気づいた時には、すでに月が顔を出し始めていた。私の身体が狼の姿へと変わっていく。それまで一緒に遊んでいた人たちが悲鳴を上げた。

 

 

 それでも、きっと説明すれば、受け入れてくれる。その時はまだ、そう思っていた。

 

 

「ごめん、黙ってて。でも、私、実はライカンスロープで」

 

 

 私の言葉は最後まで言えなかった。耳をつんざくような破裂音が、私の耳を貫いたからだ。

 

 

 音が私の頭をくらくらとさせた後、お腹に痛みが走った。おいしいご飯をたくさんくれた優しい笑顔のおじさんが、恐ろしい形相で銃を手に持っていた。

 

 

 彼だけじゃない。武器を手に、それまで優しくしてくれた人たちが集まってきていた。彼らの視線は、ただ、私への恐怖と敵意だけがあった。

 

 

 私は恐ろしくなって、踵を返して森の中に逃げる。背後から銃声と怒号が追いかけてきた。

 

 

 意識が暗くなっていく。身体に力が入らなくなって、私は勢いそのままに前のめりにころがって、倒れた。

 

 

 もう痛みすらも感じなくなっていた。ただ、力が入らなくて、それに、すごく眠たかった。森の空気がいつもよりも冷たく感じた。

 

 

 倒れた私の周りに、足音が集まってくる。俺たちを騙していたんだ。この悪魔め。早く退治しないと。彼らの声には、それまでの優しさなんてひとかけらもなかった。

 

 

 思わず涙が零れる。お母さんの言うことは正しかった。人間は恐ろしい。それまで仲良くしていても、あっという間に裏切れる。そんな人たちなんだ。

 

 

 どうしてだろう。私は彼らを傷つける気なんて、ちっともなかった。それなのに、理由も聞かずに、ただ撃たれる。私がライカンスロープだということは、そんなにも悪いことだったのだろうか。

 

 

 でも、彼らを恨む気にはなれなかった。だって、こんな終わり方になってしまったけれど、彼らと遊んだ時間は本当に楽しかったから。

 

 

「あり、がとう」

 

 

 そう言った私の頭に、おじさんが銃口を向ける。その引き金が引かれるのを、私はどこか遠くの出来事のように眺めていた。私の耳はもう、その銃声すらも聞こえない。

 

 

種族の壁を超えたラブコメディ

 

 私は散葉。魔狼という種族です。私以外はみんな絶滅してしまったらしく、私はこの森の中だけでずっと過ごしてきた。ひとりきりで。

 

 

 日に日に人への憧れは募り、次第にその憧れは私にとって大きな夢へと変わっていった。

 

 

 いつか人里に下りて、人間と一緒に生活したい。

 

 

 遠くからやテレビの中でしか見れなかった暮らし。いつか私も人間と一緒に泣いたり笑ったりしてみたい。

 

 

 そう思い続けて、そして今日、ついに決行の日がやってきた。私は今日、ついに、人間の住む街へ行きます。

 

 

 生の人間たちに緊張と感動を覚えながら、饅頭屋のおじさんから教えてもらって、街を一望できる絶景スポットを訪れた。

 

 

 丘の上から見た絶景。ここがこれから私の住む場所。やっとここから始まる、憧れの人間との生活が。

 

 

 でも、泊まるところとかをちゃんと考えていなかった。どうしようと思っているところに、背後から物音が聞こえる。

 

 

 現れたのは、翼の生えた「魔者」。私以外の魔者を見たのは初めてだった。友達になれるかもと思ったけれど、ひっかかれる。

 

 

 彼はそのまま翼を広げて襲いかかってきた。助けてくれたのは、きれいな顔立ちの男性。彼は、討伐隊の副隊長、妃杈と名乗った。

 

 

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