何度も繰り返される悲劇『ひぐらしのなく頃に解』竜騎士07


 何度も、何度も、悲劇は繰り返されてきた。これが運命だというのなら、なんて残酷なのだろう。

 

 

 目を開けると、自分の家の天井が霞んで見えた。手で頬に触れると、流れている涙が指先を濡らす。

 

 

「あら、どうしたの。怖い夢でも見たのかしら」

 

 

 起こしに来たのだろう、部屋をのぞきに来たママが優しい笑みを浮かべて、言った。

 

 

 私を抱きしめて、頭を撫でてくれる。私はその優しい感触を逃がさないように、ママにぎゅっと抱き着いて目を閉じた。

 

 

 けれど、私は知っている。ママが、二か月後、交通事故で命を落としてしまうことを。

 

 

 それは夢じゃない。むしろ、夢であったならば、どれほどよかっただろう。でも、それは現実だ。今じゃなくて、未来に必ず起こる、逃れようのない出来事。

 

 

 初めてそれを経験した頃のことはもう覚えていない。何百回、何千回と繰り返していく中で記憶は薄れていった。

 

 

 ただ、恐ろしい出来事にただ戸惑うまま、多くの人が凄惨な最期を迎えていた気がする。

 

 

 けれど、そんな程度の最悪なんて、もう何回も経験してきたことだった。愛するママのことも、数えきれないほどの最悪の中のひとつでしかない。

 

 

 二か月後、ママが亡くなる。その一か月後にパパが後を追うように亡くなって、私はその三日後、命を落とす。

 

 

 それは何度も変えようともがいて、それでも変えることができなかった未来だ。

 

 

 以前の私が命を落とすと、それはまるで長い悪夢から目が覚めたかのように、私はいつもママが亡くなる二か月前の朝、目が覚める。

 

 

 もがく度に、結果は変わらなくても、過程は変わった。ママやパパがなくなる原因が変わったり、被害が増えたり。

 

 

 友だちが巻き込まれて命を落としたこともあったし、大災害が起こって住んでいる村そのものがなくなってしまったことすらあった。

 

 

 形も、出来事も違うけれど、未来はひとつ。ママも、パパも、大切な人たちを失って、そして最後に、私の番がくる。

 

 

 私はずっと変わらない。身体は小さいままで、大人にもなれない。子どものまま。それなのに、繰り返されていく中で、精神だけは大人よりも成熟した気がする。

 

 

 いや、成熟ではなく、これはただ、摩耗しているだけなのかもしれない。何度も繰り返されていく時間は、私の心に諦観をもたらしていた。

 

 

 何をしても変わらない。それなら、何もしなくていいじゃないか。そんな諦観が、私の心を蝕んでいた。

 

 

 これを退屈というのかもしれない。大切な人の最期すらも、いつしか私は、慣れてしまった。それが何より、哀しいと思う。

 

 

 

運命に抗う

 

「これ、おもしろいよ。読んでみて」

 

 

 先輩が私に本を渡してくれる。ありがとう、とはしゃいでお礼を言って、その本を受け取った。内心で、冷静な私が、わざとらしい態度だよね、とため息を吐いている。

 

 

 見下ろしてみると、表紙には『ひぐらしのなく頃に解』と書かれている。私は首を傾げた。

 

 

 今まで彼からもらってきた本は、児童文学だとか、少女マンガだとか、そういう、いわゆる『小さい女の子に渡しやすいもの』が多かった。

 

 

 けれど、その本は、どこかおどろおどろしく、かわいいのに妖しげで、およそ幼い子に渡すようなものではなかった。

 

 

 疑問に思いながらも、それまでの本はストーリーまで丸暗記するほどに、もう何度も読んでしまった。とっくに飽きている。

 

 

 だから、それまでとはテイストの違う作品は、実は嬉しい。それがどれだけ、女の子向けじゃなくても。

 

 

「ご、ごめん。昨日、渡した本は、ちょっと間違えていたみたいなんだ」

 

 

「あ、そうなんだ。じゃあ、返すね」

 

 

「うん、ありがとう。えっと、もしかして、読んだ?」

 

 

「ううん、なんだか怖かったから読んでないよ」

 

 

 どうやら、彼は間違えて渡したらしい。読ましてもらったけどね。私は内心で舌を出した。

 

 

 そのマンガは『ひぐらしのなく頃に』という作品の続編らしい。暴力的なイラストとか、残酷な展開があって、思わず辟易しながらも、手は自然とページをめくっていた。

 

 

 それはひとりの少女の物語だった。同じ時を繰り返し、雛見沢という村で起こる凄惨な事件の数々をずっと眺めてきた少女の話。

 

 

 その少女と自分が、思わず重なる。私は読みながら、いつしか、その少女の目で悲劇を眺め、その少女の身体で物語を感じていた。

 

 

 けれど、彼女は足掻いていた。繰り返される悲劇に傷つき、絶望しながらも、必死に運命を変えようと、努力していた。

 

 

 とっくに精神は摩耗している。それでも、未来を諦めない。その姿に、私は憧れた。

 

 

 思い出すのは、もう何度も繰り返す中で、記憶の奥底に埋もれてしまった、かつての私。

 

 

 必死にもがいて、運命に抗おうとして、それでも上手くいかなくて、涙を流して絶望したあの頃の私。

 

 

 いつからだったろう。がんばろうとしなくなったのは。大切なものを失うのを、哀しみもせずに心をなくして眺めるようになったのは。

 

 

 私だけが悲惨な運命を変えられるかもしれないのに。私だけが彼らを助けてあげられるかもしれないのに。

 

 

 読み終わった時、私はかつての想いを取り戻していた。ママやパパを助けたい。私ももっと、大人になりたい。

 

 

 抗おう。どれほど絶望的な運命でも、きっと、どこかに、それを変えられることのできる欠片があるはずだから。

 

 

繰り返される悲劇を眺める少女の苦悩

 

 私は幸せな女の子なんだ。私、竜宮レナは一年前に雛見沢に戻ってきて、本当に幸せになった。

 

 

 次々と面白い遊びを考え出す魅ぃちゃん。いたずら盛りの沙都子ちゃん。抜け目ないけど憎めない梨花ちゃん。そして本当に面白い圭一くん。素晴らしい仲間に出会えて夢のよう。

 

 

 お父さんにもケーキを買ってあげて、幸せのおすそ分け。今日は本当に素敵な一日だったから。

 

 

 ――そう、たとえ、父親が家に毎日、愛人を連れ込んでいるのだとしても。

 

 

 間宮リナさん。今、お父さんがお付き合いをしている女性だ。お父さんは数年前、母と離婚した。だから別に父が浮気をしているというわけではない。

 

 

 むしろ、父に新しい恋が生まれたことを私は祝福すべきだ。お母さんと離婚して以来、ずっと無気力だったお父さんを、リナさんがあっという間に元気にしてくれた。

 

 

 だけど、リナさんが家に来るようになってから、私はこの家で、どんどん居場所がなくなっているのを感じている。

 

 

 みんなには家庭の事情は話していない。余計な気を遣わせたくない。そうだ、私は幸せ者だ。この程度のこと、昔の辛さに比べたら、全然大したことない。

 

 

 父と共に雛見沢に帰ってきて、”い”やなことは全部捨てた。母のつけた「れ”い”な」という名前を捨て、「レナ」として雛見沢に戻ったんだ。

 

 

 転校して、友だちもでき、幸せになった。オヤシロさまの祟りは終わったんだ。そのはずなのに、リナさんが現れてから、また世界が狂い始めてる。

 

 

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