衝撃の展開から始まる奇妙な事件『ここに死体を捨てないでください!』東川篤哉


 本屋で眺めていて、そのタイトルは妙に心に残った。ようやく手に入れたその本が、実はシリーズものだと知って私は愕然としたのである。

 

 

 東川篤哉先生と言えば、『謎解きはディナーの後で』をはじめとするユーモアミステリが人気の作家先生。

 

 

 ミステリというジャンルに似合わない、どこかユーモラスな表紙からは、なるほど、たしかに東川先生らしい雰囲気が漂っている。

 

 

 ミステリはまず死体を転がせ、とはよく言ったもので、その物語もまた、最初からクライマックスである。

 

 

 有坂春佳は家で怪しい物音を耳にする。すわ変質者かと警戒しながら見てみれば、そこにいたのはいかにもアヤシイ挙動を見せる若い女性であった。

 

 

 女性であれど変質者。春佳は果物ナイフで以て抵抗し、気が付けば、彼女は動かなくなっていた。キッチンの床が赤く染まっていく。

 

 

 ところかわって、とある会社。春佳の姉である有坂香織のもとに、妹から電話がかかってくる。

 

 

 電話の相手は妹の春佳。その内容は、なんと、妹が人を殺めてしまった、というのである。

 

 

 しかも、彼女は混乱のあまりにその場から逃げ出してしまった。香織は、彼女を罪から守るため、死体を隠して事件を隠蔽しようと試みる。

 

 

 事件現場の前にいた青年を無理やり巻き込み、ともに死体を捨てるための場所を探しに行った。

 

 

 山を走り続けているうちに迷子になった末に、彼らはようやく死体を捨てるのに良さそうな池を発見する。

 

 

 死体を車に乗せ、事故を装って車ごと沈める。さて、これにて一件落着。事件は無事に隠蔽されたのだった。

 

 

 とは、上手くいかなかった。迷子になった二人は、山奥の民宿で宿泊することにする。そこには、探偵の鵜飼がいた。彼はなぜか、二人が車で沈めたばかりの女性を探しているのだという。

 

 

 彼らの前に立ちはだかる、いくつもの謎めいた事件。その真相に辿り着くカギを握るのは、「山田慶子」という、殺害された女性だった。

 

 

 ミステリとしては、随分と風変わりな作品である。けれど、斬新でおもしろかった。

 

 

 キャラクターたちの軽快なやりとりも、読んでいて楽しかった。彼らのそばで、「お前ら、真面目にしろ! 人が死んでるんだぞ!」と声を大にして叫びたい。

 

 

 真相は驚きのものだった。それと同時に、数々の謎が明らかになっていくのは心地いい。

 

 

 しかし、私がその本を読んでいるのは、何もミステリが好きだからなわけではない。いや、好きではあるけれど、今はもっと、別の理由があるのだ。

 

 

 私がその本を読むことにしたのは、他ならぬタイトルのせいだった。その特徴的なタイトルに、「これだ!」と手を取ったのがその理由だった。

 

 

 私の足元。今まさにそこには、倒れている人がいる。ぴくりとも動かない。当然だ、だって、彼はすでに生きていないのだから。

 

 

 本を閉じて、ため息を吐く。今の私もきっと、錯乱しているということなのだろう。でも、ひとつだけ、たしかなことがわかった。それがわかっただけでも、本を読んだ甲斐はあった。

 

 

「自首しよう」

 

 

 結論、死体を隠して事件を隠蔽しようとしたところで、ロクなことにはならない。私は本を机に置いて、スマホの番号を打ち込んだ。

 

 

※死体遺棄は犯罪です。絶対に真似しないでください

 

 それは司法試験を目指して勉学に励む大学生有坂春佳にとって、最悪の朝だった。

 

 

 前の晩は疲れ果てた状態で、明け方近くにベッドへ。だが、熟睡はならず、結局、春佳は午前十時まであと数分という中途半端な時刻にベッドを出た。

 

 

 珈琲でも飲もうと思った春佳は、重たい瞼をこすりながらキッチンへ。春佳が不審な物音を耳にしたのは、そのときだった。

 

 

 何の音かしら。春佳はスプーンを持つ手を止めた。物音は玄関の方から聞こえた。

 

 

 春佳はふと不安を覚えた。そういえば昨日、帰宅した際にちゃんと鍵をかけただろうか。

 

 

 まさか、これが姉さんの言っていた、変質者ってやつ⁉ こみ上げてくる不安。春佳はなけなしの勇気を振り絞り、見えない相手に震える声で呼びかけた。

 

 

「誰なの⁉ ひょっとして、お姉ちゃん?」

 

 

 返事はない。その代わりとでもいうように、いきなり白い扉が勢いよく押し開かれた。春佳が思わず息を呑んだ次の瞬間、ひとりの人間がキッチンへと飛び込んできた。

 

 

 春佳は心の底から驚き、絶叫した。両手で口元を覆い、震える瞳でその人物を見詰める。

 

 

 若い女性だった。だが、姉ではない。すでに先入観を持っている春佳の目には、それは紛うことなき謎の変質者、あるいは危険人物として認識された。

 

 

 謎の女はぎくしゃくした身のこなしで一歩ずつ前へ前へと歩を進めてくる。春佳は恐怖におののきながら後ずさる。

 

 

 背後に回した右手の指先が、流し台の上にあった物体に触れる。果物ナイフだ。

 

 

 春佳は背中に回した右手で、そのナイフの柄をすんなりと掴むことに成功した。そして、春佳がそれを掴んだのとほぼ同時に、謎の女は春佳の方を目掛けて突進した。

 

 

 流し台の前での激しい衝突。何が起こったのか、自分は何をしたのか。春佳自身にもよくわからない。そんな放心状態のまま、少しの時間が過ぎた。

 

 

 彼女の目に最初に飛び込んできたもの。それはキッチンのほぼ中央に横たわった微動だにしない女の姿だった。

 

 

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