私の、誰にも教えていない秘密。それは、小説を書いていること。恥ずかしいから、親友にも言えないけれど。
私はネット小説が好きで、暇さえあればよく読んでいた。恋愛はもちろん、ファンタジーでもホラーでも、なんでも読んだ。
そして、いつしか、私は自分でも小説を書きたいと思い始めた。物語は、妄想としていつでも頭の中に浮かんでいた。
さあ、いざ書くぞ。と意気込んで書き始めたはいいけれど、私の文字を打ち込む指はすぐに止まってしまった。
頭の中に映像は浮かぶのだ。けれど、それを文字として出すとなると、どうすればいいのかちっともわからなかった。
なるほど、これが産みの苦しみというものか。なんて冗談交じりに呟いてみるけれど、それで書けるようになるわけもなく。
と、まあ、そんな感じに書いてみることにしたのだけれど、瞬く間につまづいて、以来、私はちまちまと書き進めていた。
もともと、私は文章を書くのが得意なわけじゃない。妄想は好きだけれど、それを文字にするのは予想以上に難しいものだった。
いっそマンガの方がいいんじゃね? とすら思ったけれど、私は絵が描けないのだ。だったら、小説しかないよね。
そんな寄り道をしていたけれど、物語はちっとも進んでくれない。まるでカタツムリのような遅さだった。
しかも、気がつけば私が考えていた展開とはまったく違う展開を、指が勝手に打ち込み始める。
なんで彼とくっつこうとするんだよ。ヒロインとくっつけよ。なんて思っても、書いているのはなんと自分なのだ。
なんだよ、こいつら。ちっとも作者の言うことを聞いてくれないじゃん。とかいって。キャラクターに八つ当たりすらし始める。いよいよ末期な気がしてきた。
やっぱり、私が小説を書くのなんて無理だったのだろうか。頭を抱えながらも、書かなきゃと思ってなんとか気合で物語を進める。
いろんなものがひっくり返ってしまったのはそんな時だった。そのきっかけは些細なことだけれど、私にとってはこの上ない大事件だった。
私が小説を書いていることを、親友に知られてしまったのである。
「いやあ、まさかあんたが小説なんて書いていたとはねえ」
あんた、文章とか嫌いじゃん? だとか、呑気な口調でそう言う彼女を前に、私は頬を赤らめて俯いた。恥ずかしい。恥ずかしい。とても顔なんて上げられなかった。
「言ってくれればよかったのに。実は、私も書いてるんだよね」
私は弾かれたように顔を上げた。まさか、彼女が小説を書いていたなんて夢にも思わなかった。
ほらほら、これが私の作品。なんて、彼女が見せてきたのは、ランキングでもいつも上位にある作品だった。というか、私も好きでよく読んでる。
まさか、この作品の作者がこんな近くにいたなんて。あまりの驚きに私は混乱を抑えきれなかった。
「サインください」
思わず親友にそんなことを言ってしまうくらいには混乱していた。落ち着け、と頭を叩かれてようやく叫んでいた心臓の鼓動が弱まる。
次いで私を襲ったのは、さっき感じたようなものとはまた別の恥ずかしさだった。
彼女の文章は控えめに言っても上手かった。人を引き込む魅力に満ちていて、ランキングの上位にいるのも納得のおもしろさだった。
それに比べて、私の作品なんてとても人に見せられるものじゃない。小説と呼ぶことすらはばかられた。こんな文章を、小説だなんて言っている自分が恥ずかしかった。
「で、どんなの書いてるの? 私も見せたんだから、あんたも見せてよ」
彼女の質問に、私は恥ずかしくて消え入りそうになりながら、自分の作品を伝えた。
彼女は私の作品を読んで、へー、と微笑んでいる。けれど、彼女は私の作品を読んでもバカにして笑うことなんてせず、おもしろかったよ、なんて言ってくれた。
私が思わず大泣きして彼女に抱き着いてしまったのも悪くないと思う。だって、私の小説は自分でも見れたもんじゃないと思うほどひどかった。
私が鼻をぐずりながら言うと、彼女は制服についてしまった私の涙と鼻水を拭き取りながら、言った。ちょっと不機嫌そう。ごめんって。
「いやいや、あんた、文章書くの下手じゃん。それで、あれだけ書けたんなら上出来よ」
慰めにもどことなくトゲがある。私はしょぼんとしつつも、けれど、内心で疑問に思う。
彼女はどこであの文章力を身につけたのだろうか。正直、私よりちょっとましくらいのものだと思っていたのに。
「どうやって、そんなに小説書くの上手くなったの?」
「ああ、それはね、この小説を読んだの」
そう言って彼女が紹介してくれたのは、『心象エスキル』という作品だった。普通の小説じゃないのかな。
「これはね、ネット小説を書くにはどうすればいいかってことを教えてくれる作品なんだよ」
勉強になるし、小説としてもおもしろいからおすすめだよ。彼女から説明されながら、私はその小説を読んでみる。
なるほど、小説としてはかなり風変わりだ。ストーリーもあるけれど、他に類を見ない構成で書かれているみたいだった。
内容は『先輩』と『わたし』がネット小説についての議論をするというシンプルなもの。
タイトルやセリフから更新速度まで、彼らの議論を通して、どうすればいいかというのを仮説や反論を交えて解説している。
ストーリーに乗せているおかげで読みやすいし、わかりやすかった。なるほど、彼女はこれを読んで参考にしていたのか。
「ありがとう。私、がんばって書いてみる」
「うん。じゃあ、これからはライバルだね」
私は頷いた。小説を書こうとしたその時から、私は小説家なのだ。彼女のライバルとして、まずは追いつかないと。私の胸に新たな物語の息吹を感じていた。
ネット小説の教科書
一緒にいて苦にならない相手というのは、思いのほか限られたものだとわたしは思う。気の置けない仲、なんて言うけど、会ってるとやっぱり遠慮するところがある。
特に女同士というのは七面倒くさいもんで、正直にあれもこれも話し合える仲、というのは限られているだろう。そんなわけで、わたしは男性相手の方が疲れない。
それにしたって、まあ、やっぱり気を遣うところはあると思うんだ。当たり前だよね。人間関係なんだからさ。
よっぽど気の置けない親友でもない限り、何か話すべきじゃないかって気を揉むのだ。
だから、不思議ではある。この、隣で黙々読書を続ける先輩に、わたしは何の違和感も覚えていないのだから。
先輩とわたしの付き合いはごくごく浅い。この半月ほどに過ぎないのだ。だから、不思議だ。たぶん、この人が、不思議な人なんだろうね。
そんな、読書をほっぽり出したわたしの視線を感じたのか、ふと先輩は目線を横に逸らした。隣のわたしの方へ向いたのだ。
あらら、目が合っちゃったよ。これはさすがに何か言った方がいいかな。そんなわたしの様子を気にした様子もなく、先輩はおもむろに問うてきた。
「人は、何人のマリアを覚えれば足りるんだろうな」
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