我が校には探偵部なる部活が存在する。所属している生徒も顧問の先生も何者かわからない、半ば都市伝説じみた存在である。
というのもそのはずで、所属部員はたったの三人、顧問の先生は不在という状況であり、部として正式に認められていないのだから、謎めいているのも当然であろう。
ではなぜ存在しているとまことしやかに囁かれているのか。それは私がひそやかに噂を流したからだ。
私は他ならぬ探偵部の所属部員のひとりなのである。三人しかいない少数精鋭の一角、というわけだ。
しかし、我々とて何も望んで少数精鋭でいるわけでもなく、好きで謎の部活として活動しているわけでもない。
学生にとって部活の選択は青春を謳歌するうえで外せない要素だろう。運動部で汗を流すも良し、文化部で優雅な時間を過ごすも良し。
そんな貴重な青春を探偵部なんぞ得体の知れないものに費やすなんて奇矯な考え方の持ち主が我々三人以外にない、というだけなのだ。
軽音部が軽音をする部活であり、野球部が野球をする部活ということを考えたならば、探偵部が何をする部活かは明確であろう。
もちろん、探偵をするのである。
所属している三人は三度の飯よりも推理が好きな根っからのミステリオタクであった。
週に二回は犯人を追い込むのに最適な崖を探して練り歩き、貴重な放課後を額を突き合わせて決め台詞を考えるのに使っている。
どうしてそんな有様か。答えは簡単だ。事件がないからである。
『名探偵コナン』は行く先々で事件に巻き込まれる。シャーロック・ホームズのもとには事件が舞い込んでくる。
しかし、現実にそう都合よく事件なんぞ起こるわけがない。結果として、我々探偵部は有名無実の部活となった。
そもそも、ミステリ好きはこぞってライバルであるミステリ研究会に足を向けるのである。知らない人からは探偵部とミステリ研との違いをよく聞かれる。
ミステリ研はすでにあるミステリを研究する観測者だ。対して、探偵部はミステリの登場人物そのものになることを目的としている。
我々はシャーロキアンに憧れているのではない。シャーロック・ホームズに憧れているのである。現実は非情であるが。
しかし、思わぬ形で探偵部は我が校で知らぬ者はいないほど有名となった。半ば不本意な形ではあるが。
伝説の部活
探偵部という発想は東川篤哉先生の『放課後はミステリーとともに』を参考にして設立した。
ユーモアの溢れるミステリという風情で、推理による面白さもさることながらキャラクターの個性や言い回しがなんとも笑いを誘う作品である。
部員を集めるため、私がしたのは探偵部についての噂を密かに流布していくことだった。つまり、名前を有名にしていくことで話題をさらおうと考えたのである。
実在は今のところしていない探偵部を、あたかも陰でひっそりと活動している秘密倶楽部のように仕立て上げたのだ。
結果として、知名度を上げることは成功した。やり過ぎたと思うくらいに。
新聞部に七不思議的な扱いで取り上げられたのである。かくして、探偵部は伝説の中に存在する部活となった。
ミステリの登場人物であらんとする探偵部そのものがミステリとなってしまったのだ。とんだ皮肉である。
しかし、知名度が高まったことで入部希望者は増えたのではないか、そう問うものもいるだろう。しかし、答えは否である。
人々は謎を好む。謎は謎のままであることを好むのだ。探偵部は噂として囁かれこそすれ、入部するというものではもはやなくなってしまった。
さらには、探偵部所属だというと嘘つき扱いされる始末である。もう勧誘すらも満足にできなくなった。
他の二人とともに私たちは探偵部としての活動をやめた。探偵部の実態を調査するよう新聞部から依頼が来たからである。
探偵部のことを探偵部自信が調査するってどういうことか。私たちはことの限界を悟った。そうして、探偵部は真に有名無実の存在となった。
今はどうなっているのか、私は知らない。後輩の誰かが探偵部を作り出していて、活動しているならば面白いが、それはもう、我々の青春ではないのだ。
探偵部副部長のユーモアあふれるミステリー
僕の名は霧ヶ峰涼。小学校時代のあだ名は「エアコン」だった。僕はかつてこの名前を疎ましいものとして恨みに思っていた。
しかし、中学の先輩から福音を得て、多少変わった。「カープのエースとネイ探偵の名前は漢字三文字がよろしい」と言われたのだ。それ以来、僕はカープファンのミステリマニアになった。
そして現在、高校二年生の僕は、鯉ヶ窪学園の「探偵部」に所属している。探偵部とは、探偵活動を行うことを趣旨とした、探偵たちの集合体である。
そして僕、霧ヶ峰涼は探偵部で副部長の大役を担っている。つまり逆立ちしたってカープのエースになれない僕は、この学園で自らが名探偵になることを決めたのである。
それは四月終わりの、ある水曜日の放課後のこと。時刻は五時過ぎ。副部長の僕はあるひとつの特命を帯びて、学校に居残ったのである。
それは探偵部に現在いない指導教官を据えるためであった。目をつけたのは変わり者と名高い石崎先生である。僕はその橋渡し役として選ばれたのだ。
石崎先生は生物教師。したがって、僕が目指したのは生物教室である。しかし、生物教室には明かりは灯っていなかった。
僕は急いで外に出ることにした。そのときだ。ふと見ると、薄暗い廊下の端に微かな明かりが見えた。明かりは視聴覚資料室から漏れている。
こんな時間にこんな場所で作業をしている人がいるのだろうか。石崎先生かも。いや、泥棒かも。いやいや、石崎先生が泥棒しているのかも。
名探偵である僕はこっそりと扉を開けて、中に入っていった。誰かいるんですか――そう問いかけようとした瞬間だった。
僕は何者かの猛烈なタックルを受けて、壁際まで吹っ飛ばされた。男は逃げた。たぶん男だったろう。僕は追いかけようとふらつく足で廊下に出た。
意外なことに、僕と同じようなタイミングで廊下に現れた人物がいた。僕が泥棒が逃げたと言うと、彼はその後を追いかける。僕も遅ればせながら追いかけた。
廊下を曲がった先で警備員と出会った。泥棒だと僕たちが伝えると、事態の深刻さを呑み込んだ警備員も追跡劇に加わった。僕はまた彼らに遅れを取る格好で追いかける。
玄関の開きっぱなしになっている扉をくぐり抜ける。二人は扉を出てすぐ左のところに立ち止まっていた。
怪しい姿は見えない。逃げられたらしい。代わりに、玄関の左端には初老の用務員がいて、花壇の花を弄っていた。
「誰かいまここを通っただろう。どっちにいった?」
警備員が聞くと、初老の用務員はやがてゆっくりと首を傾けながら言った。
「いいや、わしはさっきからずっとここにいるが、誰も通っていないな」
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