シャッターの目立つ商店街の端、緑の屋根の小さな建物。看板には古めかしい店名が書かれている。角を曲がった時にすぐ目に入るその場所が、私の近所にあるただひとつの本屋だった。
ビジネス書はない。最新の本があるわけでもない。品ぞろえが決して良いとは言えないし、注文しても、たまに店主が間違った本を取り寄せてくる。
店頭には週刊や月刊の雑誌。扉をくぐると、児童向けの絵本とホビー雑誌、少年マンガが棚に並んでいるのが見える。
角を曲がると、ゲームの攻略本が少しだけ入っていて、少し前に出た文庫本が新刊として並べられている。
その棚の裏側には哲学書や自己啓発本、そしてハードカバーの新刊があった。料理本や占い本が点々とした後、少しだけライトノベルがひっそりと収められている。
欲しい本は手に入らない。けれど、近くに本屋がない私の地元では、そこだけが気軽に本を手に入れることのできる場所だった。
マンガを買う時、私はいつもその店に行っていた。立ち読みしていると、店主の視線が背中に突き刺さるのがわかる。小さいものだから、視線がレジから筒抜けだったのだ。
いつ行っても、他の客を見たことがない。ただ一度だけ、私よりも少し年上の女性が店主と話しているのを見た限りであった。
そんなだから、経営は決して順調とは言えなかったのだろう。気が付けば、そのお店も他のお店のようにシャッターが閉じていた。
人通りの少ない商店街、私は閉じたシャッターの前で、なんだか見放されたかのような、途方に暮れたような淋しさを感じたことを、今でも覚えている。
私が得地直美先生の『本屋図鑑』を読んで思い出したのは、その本屋の光景だった。
今はもう、記憶の中でしか訪れることのできない、あの本屋。外観から内装まで、鮮明に思い出すことができる。
『本屋図鑑』に描かれている素朴なイラストと内装を紹介する文章を見ると、どうしても自分の知る本屋とどこか重なってしまうのだ。
本屋は友人であり、家族。その言葉が、私の胸に染み入る。かつてのあの本屋も、私にとっては隣人を超えた、友人のような存在だった。
閉店したと知った時、私の胸にただ店が潰れたという寂寥を超えた感情が生まれたのは、そのせいなのかもしれない。
大学の頃、都会に移り住んだ私の近所には、大手の中古本買取の店や、マンガ喫茶やコンビニと併設されている大規模な本屋まであった。
けれど、それらを訪れてふらふらと彷徨っていても、やはり子どもの頃、小さな本屋をわくわくしながら本を見ていた記憶よりも楽しいとは思えないのだ。
欲しい本を買う。あの場所には、本屋としてのその役割以上の、何か特有の価値があったのだろう。
洗練された内装の大きな本屋では決して満たされない、素朴な店構えに、雑多に山積みになっている本。古い紙とインクの香り。
通り道に困るほどごちゃごちゃしている、その雑多な感じが、まるで受け入れてくれているようで嬉しかった。
新たな土地で、私は出かけてみることにした。本屋を探すのだ。とはいっても、グーグルマップでひと目でわかるような、大きな本屋のことではない。
今や、ネット書籍の普及と商店街の衰退に伴って、小さな町本屋は次々と姿を消している。進歩によって失われていくその光景が、なんだか無性に寂しかった。
親友となるような、小さな町の本屋。それこそが、今、私が求めているものなのだ。この『本屋図鑑』を片手に携えて。
町の本屋の魅力
「本屋は友人であり、家族である」
そう言い切ってしまうのは少し大げさかもしれないけれど、本当に、そう思う時がある。
会いたい人に会えなくて、寂しさは募るばかり。そんな時、最寄りの本屋さんへと足をのばす。夜の町に、書店の光が、ぽつりと灯っている。
平台に並ぶ新刊を眺め、雑誌の表紙に書かれた文字を目で追い、ずらっと並ぶ文庫の背を見つめる。
インタビューが載った雑誌。昔読んだ小説。外国の旅行ガイド。おいしそうなレシピ。健康の本。ガーデニングの本。ゴルフのコツ。参考書。絵本。恐竜図鑑。
買いたいものがあって来るのではない。誰かに会うような気持で、本屋さんの中を、いつまでも、うろうろと歩く。
そうした本屋さんは、あまり大きすぎない方がいい。場所も、できれば、我が家に近い方がいい。この本に多く出てくるのは、そうした、町の本屋さんです。
取材させてもらった本屋さんは、基本的に、自分の足で歩き、自分の目で棚を見て、決めています。
基本的なルールは二つ。すべての県の本屋さんを紹介すること。もうひとつは、いろんなタイプの本屋さんを紹介するということ。
タイトルを「書店図鑑」ではなく「本屋図鑑」としたのは、「本屋」という言葉への愛着ゆえです。それでは、どうぞ、お楽しみください。
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