出会いが導く女のひとり旅『ガンジス河でバタフライ』たかのてるこ


 空港から出て、大きく伸びをする。新しく踏み入れた地の空気を、思いきり吸い込んだ。さて、どこに行こうかな。

 

 

 飛行機のチケットを取ったのが数日前。思い至って有休を申請したのは、そのさらに一か月前のことだ。

 

 

 ずっと旅がしたかった。それも、ひとり旅だ。誰にも縛られず、スケジュールにも縛られず、自由に知らない場所を旅してみたかった。

 

 

 私が旅に憧れるようになったのは、高校生の頃だった。一冊の本との出会いが、私の人生を変えた。

 

 

 たかのてるこ先生の『ガンジス河でバタフライ』。ひとりの女性のひとり旅の思い出を綴ったエッセイだ。

 

 

 なんと、調べてみたら、ドラマ化もしているらしい。ヒロイン役は長澤まさみさん。見たいけれど、未だ見れていない。悔しい。

 

 

 ともあれ、楽しそうに描かれている先生の旅に、私は強く憧れた。いつか自分も、こんなふうになりたい、そう思ったのだ。

 

 

 私の家は親がともに厳しくて、幼い頃から私には厳格な門限が設けられていた。少しでも遅れると、両親から激しい折檻を受けた。

 

 

 私の胸にはいつも、自由への渇望があった。早く家を出て、自由になりたかった。ひとり旅に憧れたのも、抑圧されていた学生時代の自分への反動かもしれない。

 

 

 大企業に就職しても、親からの呪縛は続いていた。ずっと自由を抑圧されてきた私は、自由を手に入れる術も、自由に振舞う方法も、何もわからなかった。

 

 

 旅に出たいという想いはずっと胸の内で燻ぶったまま、けれど実現する勇気は出ず、ただ無為に働く生活だけを送っていた。

 

 

 疲れ切って仕事から帰宅したその日、私はぼんやりと座っていて、ふと、本棚に視線を移した時、久しく読んでいなかった『ガンジス河でバタフライ』が目に入った。

 

 

 そうだ、旅に出よう。

 

 

 それは、天啓のようにも思えた。もしくは、後先考えない思いつきか。けれど、だからこそ、躊躇いや恐怖はなかった。

 

 

 思い立ったからには、すぐに行動しなければならなかった。少しでも時間を置けば、この衝動が薄れてしまいそうだった。

 

 

 有給の申請やパスポートなどの手続きをすぐに済ませて、飛行機に乗る。親には軽くメールだけ送っておいた。

 

 

 送った後にはすぐ、電源をオフにした。もうこんなものに縛られるつもりはない。

 

 

 飛行機から下りた時、初めて私は本当の「自由」を味わったような気がした。鎖から解き放たれたような。

 

 

 でも、まだまだこれから。だって、私のひとり旅はまだ、始まったばかりなのだから。

 

 

旅に恋する

 

 旅は、恋に似ていると思う。20歳のとき初めて海外へのひとり旅に出て、私は旅に恋してしまったのだ。

 

 

 この世にこんなにも痛快で、スリルと期待に満ちた、最高のエンターテイメントがあっただなんて! なんというか、もうハートを鷲掴みにされたような気分だった。

 

 

 私の場合、旅立ちはいつも唐突だ。スケジュールは一切、立てない。これから行く国に『危険地域』があるかどうかだけを確認すると、とりあえず飛行機に飛び乗ってしまう。

 

 

 その方が、想像もつかない出会いに満ちた、エキサイティングな旅になるからだ。

 

 

 そう、出会い! 私の旅では、出会いがすべてだ。どんな人に出会えるかによって、旅先が自ずと決まっていく。

 

 

 自分から「泊めてほしい」などと頼んだことはないのだが、なぜか私の旅は、出会った人の家を泊まり歩くという、行き当たりばったりの旅になってしまうのだ。

 

 

 私はまだ本当の本当の本当には、旅先で危険な目に遭ったことがない。同じ声をかけてくるにしても、本当の『良い人』には堂々とした誇りが感じられるものだ。

 

 

 そうはいっても、旅に出る前日は恐ろしさのあまり一睡もできなくなってしまう。なんせ私は小心者だし、英語もロクにできないうえ、極度の方向オンチ。

 

 

 そんなこんなで旅先では、普段よりもちょっと緊張していて、ちょっと興奮状態にあるから、いろんな感覚が過敏になる。

 

 

 何をどう選ぶかによって、どんな人に出会えるのかがまったく違ってくる。東に向かおうか、南に行ってみるか。

 

 

 全部、自分で判断して決めているうちに、自分の人生は自分でクリエイトしていたのだという感覚がよみがえってくる。

 

 

 自分以外の全てを置き去りにする旅では、否が応でも、自分自身と向き合わされてしまう。だからこそ、自分を見失いそうなとき、私はひとり旅に出ずにはいられなくなるのだ。

 

 

 私が人に旅をおすすめする最大の理由は、ひとり旅に出たことで、「自分自身を受け入れられるようになったから」に尽きます。

 

 

 この本は、私の初めてのひとり旅と、その次に行ったインドの旅について書きました。

 

 

 読み終えた人が、旅に出たくてウズウズしてくることを祈りつつ。なにせこんなに気の小さかった私も、旅立つことができたんですから!

 

 

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