自分だけの答えを探す『13歳からのアート思考』末永幸歩


「私は子どもの頃、大人よりも上手く絵が描けた。だが、子どものような絵を描けるようになるには、50年かかった」

 高校生の頃、私は美術の教科書を見るのが好きだった。自分自身も絵を描くのが子どもの頃から好きだったから、きれいな作品たちは見ているだけでも楽しかった。

 その時に目に入って、今でも忘れられない言葉がある。多作の画家、ピカソの言葉だ。

 絵が苦手な子の描いた絵を見て、「ピカソかよ」とバカにしたようにからかっている男の子がいた。

 『ゲルニカ』や『泣く女』はピカソの代名詞とも呼べるほど有名な作品だ。私もその印象を持っていた。

 だからこそ、私はピカソが14歳の頃に描いたという絵を見て、とても驚いたのだ。まるで精巧な写真のような、絵。花嫁の纏うドレスの布が、まるで本物のような質感を持っていた。

 ピカソは子どもの頃から、そんな絵が描ける画家だった。社会的にも称賛され、成功していた。

 そんな彼が、どうして「下手」と言われるような、奇妙に歪んだ作品を描くようになったのだろうか。

 当時の私が胸に抱いた、一抹の疑問。けれど、それは時が経つにつれ、次第に薄れていった。

 授業で習ったのは、ピカソのその絵画手法を「キュビズム」という、その知識だけ。それだけだった。

 そして、今。私があの時抱いた疑問は意味がないわけではないことを知った。と同時に、その頃にどうしてもっと突き詰めて考えなかったのかを後悔することになった。

 『13歳からのアート思考』という本を読んだのは、ほんの気まぐれである。内心では、「所詮は中高生向けの本だろう」という感覚が拭えなかった。

 でも、そうじゃない。むしろ、常識というものに凝り固まった大人であればあるほど、この本は新しい気付きを与えてくれる。

 「アート」とは何か。「芸術」とは何か。写実的であればよいのか。美しくなければならないのか。オリジナルでなければならないのか。

 美術作品にまとわりつく常識は、根底から覆された。そのターニングポイントとなる作品が、20世紀にはいくつもある。

 自分なりの答え。私は見つけ出せているだろうか。思索の根を伸ばすことを諦めて、表面上の花ばかりを見つめていないか。

 読んで以来、私は「芸術」というものを考え続けている。もっともっと根を伸ばせば、きっとどこかには、辿り着けるかもしれない。

自分なりの答えを見つけるアート思考

 あなたは「美術」という教科に対して、どんな印象を持っていますか? 大人の皆さんは学生時代を振り返ってみてください。

 「美術」への苦手意識は、どこから生まれるのでしょう? 実のところ、これには明確な分岐点があるのではないか、という仮説を私は持っています。その分岐点とは「13歳」です。

 学校教育の実態を見てきた限りでは、絵を描いたりものをつくったりする「技術」と、芸術作品についての「知識」に重点を置いた授業が、未だに大半を占めています。

 「絵を描く」「ものをつくる」「アート作品の知識を得る」こうした授業スタイルは一見すると創造性を育んでくれそうなものですが、実のところ、これらはかえって個人の創造性を奪っていきます。

 このような「技術・知識」編重型の授業スタイルが、中学以降の「美術」に対する苦手意識の元凶ではないかというわけです。

 私たちはもともと、アーティスト性を持っていたはずです。しかし、「アーティストのままでいられる大人」はほとんどいません。

 さらに深刻なのは、私たちは「自分だけのものの見方・考え方」を喪失していることに気付いてすらいないということです。

 「自分なりのものの見方」とはほど遠いところで、物事の表面だけを撫でてわかった気になり、大事なことを素通りしてしまっている、そんな人が大半なのではないかと思います。

 しかし、ビジネスだろうと学問だろうと人生だろうと、「自分のものの見方」を持てる人こそが、結果を出したり、幸せを手にしたりしているのではないでしょうか?

 じっと動かない一枚の絵画を前にしてすら「自分なりの答え」をつくれない人が、激動する複雑な現実世界の中で、果たして何かを生み出したりできるでしょうか?

 今、こうした危機感を背景として、大人の学びの世界でも「アート思考」が見直されています。

 「アート」とは、上手に絵を描いたり、名画の知識を語れるようになったりすることではありません。

 「アート思考」とは、「自分だけの視点」で物事を見て、「自分なりの答え」をつくりだすための作法です。

 私たちが美術で学ぶべきだったのは、「作品の作り方」ではありません。むしろ、その根本にある「アート思考」を身につけることこそが、「美術」という授業の本来の役割なのです。

 本書は、私が普段行っている授業をバージョンアップさせた体験型の書籍です。「大人」の読者でも十分にお楽しみいただけます。

 というよりも、大人の方にこそ「13歳」の分岐点に立ち返っていただき、「美術」の本当のおもしろさを体験してほしいというのが、私の願いでもあります。

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