農家は儲かる。そんな宣伝をしていた。補助金は出してくれるし、道具も借りることができる。そのうえ、都会の喧騒から離れ、自然の中で伸び伸びと暮らせる。なんだ、最高じゃないか。僕が農業を始めたのは、そんな軽い気持ちだった。
そう信じていた昔の僕を殴ってやりたい。農業を続けてきて、僕はその厳しさを身を以て知った。稼ぐなんて、到底できそうにない。それどころか、暮らしていくので精いっぱいだ。
農協から買う農薬や道具は高く、そのくせ、育てた作物を持っていっても、安く買い叩かれる。形や大きさの規律も厳しく、食べたらおいしいはずの作物の多くが「バツ」として処分された。
農作業はキツイ肉体労働だ。文字通り汗水垂らして働いているのに、成果は雀の涙。正直、軽い気持ちで「農業始めよう」と思った自分を後悔していた。
けれど、前の仕事を辞めて始めてしまった以上、どうにかしないといけない。生活は苦しくなる一方だった。何かヒントはないかと、図書館に通う。
ふと、一冊の本に目が留まった。『なぜネギ1本が1万円で売れるのか?』。その本は、清水寅という人が書いたらしい。
ネギ1本が1万円? そんなの、売れるわけがない。そのことは、農業に参入した今の僕だからこそわかる。だから、最初は試すような気持ちで、その本を手に取ったのだ。
清水寅という人は、僕と同じように、仕事を辞めて農業を始めた中途参入組なのだという。1本1万円のネギというのは、彼の立ち上げた会社「ねぎびとカンパニー」で売られている贈答用のネギらしい。
読んでみて、驚いた。つまり、この人は、農協に頼らず、自分の手で販路を作り、ネギを売るルートを確保しているのだ。
たしかに、農協の作物の基準は明確に定められている。いくら質の高いものであっても、その基準に当てはまらなければ、農協は買ってくれない。
ならば、それを自分の手で高く売る。そして、そのネギの高い価格と品質によって信頼性を高め、普通のネギも買ってもらう。それが、彼の語る戦略だった。
僕は目からウロコが落ちる気分だった。すでにある販路を頼らず、野菜の常識、農業の常識に相反したやり方をしたからこそ、清水先生のやり方は大成功を果たしたのだ。
僕もまた、先生と同じ条件を持つ。中途参入組で、農協のやり方、農業の仕組みに疑問を抱いている。だからこそ、僕にもできるはずだ。自分だけの農業が。
自分の持ち合わせている利点とは何か。自分には何ができるのか。常識を一度取り払って、僕はもう一度、一から考えてみることにした。時代が変わっているからこそ、今までの常識を超えたところに、きっと答えはある。その本を読むと、そう信じることができた。
農業への疑問
1本1万円のネギが売れている。そう聞いて、驚かれる読者は多いのではないでしょうか? 「ねぎびとカンパニー」が販売している贈答用ネギ「モナリザ」がそれです。
うちで1年間に出荷するネギは200万本。その中に、びっくりするほど太く、見た目のバランスも美しく、味もこのうえなくいい芸術品が生まれてくる。
それまで、こうした芸術品を売る場所はありませんでした。どんなにおいしかろうが、どんなに美しかろうが、それは「商品」たりえなかったのです。
「なんで野菜の世界には、特秀がないんだ!」
その苛立ちが出発点だったのです。どうして贈答用のネギが存在しないんだ? そう考えて、ネット販売の形でモナリザを世に問うたわけです。
読者の中には「そのネギばかり作って売れば大儲けじゃないか」と思われた方も多いでしょう。でも、僕の狙いはそこにはない。残りの200万本のネギを少しでも高く売るためなのです。
「この会社のネギ1本に1万円を出す人がいるってことは、普及版もおいしいに違いない」
消費者に、そう思ってほしかったのです。1本1万円で売られているとお客さんに伝われば、お買い得感は増す。モナリザが何本売れるかに関係なく、会社のブランド価値を高めてくれます。
ネギは大衆的な野菜であって、安いのが当たり前。そう思われている中で1本1万円のネギを売るというのは、かなり冒険的な行動です。僕がこうした行動に出た背景には、農業界の構造的な問題があります。
農業の世界では、原価に関係なく、競りで価格が決まってしまう。作れば作るほど赤字になる場合もある。それでは農家は生きていけません。
僕は生粋の農家ではなく、中途参入組です。逆説的ですが、まっさらのド素人だったから、よかったのです。そのぶん失敗は多かったものの、農業の世界にどっぷり浸かった人たちには見えないものが、僕には見えた。
では、この業界のどこに違和感を覚え、どういうアイデアでそれを改善したのか? 僕はすべてを数字で考えることにしていますが、どういう数字を見ているのか? それを紹介しているので、現状を打破したい農家の方々の参考になるはずです。
消費者金融時代に身につけた対人交渉のテクニックも含め、こうした農業に限定しないビジネスのヒントもふんだんに盛り込んでいますから、ビジネスパーソンの役にも立つのではないか、と思っています。
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