私たち人間は、文明を築き、社会を創り上げてきた。その過程で犠牲になった動物たちを、今になってきれいな名目で保護を声高に叫んでいる。なんと滑稽なことではないか。動物たちからしてみれば、憎くて仕方がないだろうに。
諸君、『メタモルフォセス群島』という作品を知っているかね。筒井康隆という作家先生の短編集に入っている作品のひとつだ。
他にも『走る取的』や『定年食』や『こちら一の谷』といった愉快千万な作品が収録されているのだが、ここでは割愛させていただこう。
さて、『メタモルフォセス群島』のあらすじはこんな具合だ。生態学者のおれは、助手の滝とともにコンプリ島という島を訪れた。
アメリカの水爆実験の影響で、コンプリ島をはじめとする多くの島の生態系が大きく変化した。急激な環境の変化から生き残るため、島に生息する、人間を含めたあらゆるイキモノが突然変異したのだ。
当初は新種の第一発見者という名誉を競って、学者たちがこぞって島の調査に出かけたが、今や、誰もそんなことをしない。新種があまりにも増えすぎて、うんざりしたからである。
とはいえ、生態学者であるおれたちにとっては、新種があらわれたとあっては名付けなければならない。というわけで、二人で島の調査に赴いた、というわけである。
植物の母体ごと寄生して共生関係にある豚と木、足が生えて走り回る種子、そして、人の顔の形をした果実。島には奇怪なイキモノたちがこれでもかというくらいにひしめき合っている。
そんな島で、彼らを待ち受ける運営は何か。そんなストーリーである。
科学は常に自然と相対している。自然学者ないし多くの人たちは「自然が破壊される」と声高に叫んでいるが、結局、人間は自分たちを優先して科学を発展させてきた。
科学者とて、自然を壊そうとしているわけではあるまい。むしろ、彼らこそが、どうすれば自分たちの発明からより自然を守ることができるかを考えているはずである。
だが、結局、どうであってもそれが便利であるならば、必ず人間が自然に優先される。それは、我々が紛うことなく「人間」だからだ。
今や、私たちは槍を手に狩りをしていた時代を忘れ、科学の文明にどっぷりと浸かって生きている。自然破壊を声高に叫んで反対している活動家の彼らとて、夏には冷房の効いた部屋でダラダラ過ごしているのである。
あまつさえ、自分たちの過剰な狩りや環境の変化によって絶滅しようとしているイキモノたちを、今さらになって「保護」するべきだ、などと言い放っている。
誰のせいで彼らが絶滅の危機に瀕したのか。活動家たちは、漁師だの科学者だのを批判して悦に浸っているが、彼らのせいではない。
自然がこんなふうになっていってしまったのは、他ならぬ我々「人間」という種の罪である。全ての人間が罪人である。誰かのせいというわけではなく、私たち全員のせいなのだ。
そしてなお、私たちは一層の自然破壊を止めることができない。今さら文明の味を手放すことなどできない。今後も、さらに自然は破壊され、イキモノたちは次々と絶滅していくだろう。
動植物に名をつけて「保護する」という考え方は、人間の驕りだ。自分たちの罪をどうにかしてなくそうとするための、ただの自己満足でしかない。本当に守ろうとするならば、人間が絶滅するのが一番自然に優しい選択だ。
だが、いずれ、この『メタモルフォセス群島』のように、私たち人間を「環境の一要素」として、新たな突然変異を遂げるイキモノがいるかもしれない。
この作品に登場する奇々怪々なイキモノたちは、実際に現れても何らおかしくはないのだ。この作品が私には、さして遠くない未来の世界の出来事であるようにも思える。
さて、この作中の世界の人間たちはどうなっていくのだろうか。彼らに待ち受けているであろう悲劇を思っては、私は仄暗い自虐の喜びを胸中に抱えてニヤニヤと笑うことしかできない。
皮肉に溢れたちょっと不思議な短編集
「こんなに次から次へと新種があらわれたのでは、喜ぶべきか悲しむべきかに迷うね。われわれ生物学者としては」
「分類学者の連中は、とうに投げています」おれの嘆息まじりの呟きに、助手の滝が応じた。「だからこういう仕事に、われわれ生態学者が出向かなきゃならんのです」
「おれたちふたりで、今までにもういくつぐらい島を調査したかね」甲板の舳先近くに立ち、コンプリ島の様子を観察しながら、おれは滝に訊ねてみた。「もう、十を越したんじゃないかな」
「このコンプリ島も、原住民がいたんだろう。水爆実験の前には」
「いたそうです。いや、いたという言い方は正確じゃありませんな。まだいるかもしれないんだから」そういって彼は、つぶやくように付け加えた。「たとえそれが、もはや人間とはいえないものであるにしても」
「異種交配はおろか異属交配、異科交配、稀には異目交配までやってのけていて、たいていの個体が雑種だ。同種の個体同士でも見た目にはほとんど同種の生物とは思えぬほど異なった形態をしている。動物も植物もだ」
「生物学的変異、なんてものじゃありませんな。もはや」いつものようにやけにおちついて、滝はいつものように言葉の正確さにこだわった。「アメリカの学者たちは、自然相の超緊張といっているようです」
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