ホルモーっていったい何なんだ?『鴨川ホルモー』万城目学


「鴨川ホルモン? なんだ? 鴨川にある焼き肉の店か何か?」

 

 

 俺が思わず怪訝な表情で訊き返すと、彼は「違う違う」と首を振った。なんだ、違うのか。俺は少しがっかりする。俺はホルモンが大好物なのだ。

 

 

「ホルモンじゃなくてホルモーだよ、ホルモー。伸ばす。最後」

 

 

「鴨川ホルモー? 何だよ、それ。すっぺらぴっちょんみたいな奴か? 鴨川ホルモンの方がよほどわかりやすいぞ」

 

 

「ホルモーはホルモーじゃないか。それ以上でもそれ以下でもないし、わかりやすいからといって勝手に『鴨川ホルモン』なんて焼き肉屋に変えられちゃあ困るんだよ」

 

 

「いや、だから、ホルモーって何なんだよ」

 

 

 俺がいい加減うんざりしたように繰り返すと、彼は俺が本気でイラついていることがわかったのか、少し顔を引きつらせて「わかったわかった」と宥めた。

 

 

「上手く説明できない、というか、説明しても信じてくれないと思う。一番わかりやすい言い方で言うのなら、スポーツかな」

 

 

「スポーツだって? 聞いたこともないぞ。外国のマイナー競技、とか?」

 

 

 俺は「これが正解だろう」とばかりに聞いてみたが、どうやらそれも違ったらしい。

 

 

「いや、日本生まれのスポーツだよ」

 

 

「ますますわからん」

 

 

 「ホルモー」とかいう日本生まれのスポーツ。俺は聞いたことすらもない。見てみたいという意思が生まれたのはその頃だったと思う。

 

 

「どんなスポーツなんだ? ボールとか、使うのか?」

 

 

「いいや、使わない」

 

 

 俺はだんだんと、彼に腹が立つようになっていた。はぐらかすばかりで、ちっとも答えてくれない。そのもったいぶった姿勢が嫌いだった。

 

 

「じゃあ、何なんだよ! 説明してみろよ!」

 

 

「この本を読めばわかるよ」

 

 

 彼がはあ、とため息を吐いて差し出してきたのは、一冊の本だった。青い浴衣を着た四人の頭上に大きく『鴨川ホルモー』と書かれている。

 

 

 「これは万城目学先生がホルモーについて書いた作品だよ。ホルモーが物語に使われているのは、実は初めてじゃないかな」

 

 

 『鴨川ホルモー』は安部という青年の目を通して描かれる。彼は新入生歓迎会にいた女性の鼻の形に一目惚れし、友人の高村とともにサークル『京大青竜会』に所属することになる。

 

 

 しかし、次第にサークルの長である菅氏の不審な言動が見えてくる。そして、明かされたのは、『京大青竜会』は、対戦型のスポーツ「ホルモー」をするための団体だということだ。

 

 

 安部は「ホルモー」に対して猜疑心や拒絶感を抱くものの、次第に「ホルモー」に対して真面目に取り組むようになっていく。

 

 

 本を読んだ俺は、「なるほど」と呟いた。「ホルモー」について分かったような気がする。けれど、何もわかっていないような気がした。

 

 

「ホルモー、か」

 

 

 思わず呟く俺のジーンズの裾を、何かが引っ張る。なんだろうと思い、見てみると、奇妙な小さい人型が甲高い声を上げて俺を見ていた。

 

 

ホルモーとは?

 

 みなさんは「ホルモー」という言葉をご存知か。そう、ホルモー。いえいえ、ホルモンではなくホルモー。

 

 

 きっと、みなさんはそんな言葉、ご存知ないことと思う。もっとも、それは仕方のないことだ。

 

 

 この言葉の意味を知るためには”ある段階”に達する必要があり、一旦達した後には、他人に口外できなくなってしまうからだ。

 

 

 こうして「ホルモー」という言葉は、知る者だけが知り、伝える者だけが伝え、ここ京都で脈々と受け継がれてきた。

 

 

 「ホルモー」もまた少なからず長い歴史を、誰にも知られることなく生き抜いてきた。実に密やかに、かつひっそりと。

 

 

 だが一方で、その言葉の持つ宿命的閉鎖性ゆえの弊害も、多々あったと言えるだろう。実は我々の仲間内でこの言葉の正確な意味を知る者は誰ひとりとしていない。

 

 

 なぜなら、俺が薄々感じるに、これは我々の世界の言葉ではないのだから。

 

 

 長い年月を経て、どこかで断絶したのか、それともそもそも理解できる範囲の言葉ではなかったのか。では、「ホルモー」とはいったい、何なのか?

 

 

 「ホルモー」とは、とどのつまりが、一種の対戦型の競技なのだ。どちらかが全滅した時点で勝敗がつく。

 

 

 では、なぜ「ホルモー」なのか?

 

 

 競技から脱落して、競技者が「ホルモー」続行不可能となった時、その理由は突如、明らかになる。

 

 

 勝負に敗退した競技者は、あたりに一切憚ることなく、叫ばなければならない。「ホルモオオオォォォーッッ」っと、声の限りを尽くして。

 

 

 我々はその時、どうしたって声の限りに「ホルモー」と叫ぶほかない。なぜなら、それが我々が連中と交わした”契約”だからだ。

 

 

 今となって俺は断言できる。もしも敗者に容赦なく訪れるあの恐ろしい瞬間を目にしていたのなら、「ホルモー」の世界になど足を踏み入れなかっただろう、と。

 

 

 そう、事の起こりは、葵祭の時に遡る。まだ大学生になってひと月が経ったばかりの俺と高村、残りのメンバー全員が、エキストラとして葵祭に参加していた。

 

 

 そして祭りの終了後、京大青竜会というサークルから、新入生歓迎コンパのビラを手渡された。

 

 

 一週間後、俺と高村は葵祭で受け取ったビラを手に、のこのこと「べろべろばあ」に向かっていた。そして、すべてはこの「べろべろばあ」から始まったのだ。

 

 

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