倉橋由美子先生の『交歓』という作品を初めて読んだ時、正直に包み隠さず言うのならば、少し落胆したとも言えるだろう。
私が倉橋由美子先生の作品に初めて触れたのは、『聖少女』であった。親子の恋愛という禁忌を生々しく描き出していて、その妖艶な魅力に酔いしれたのがそもそもの始まりだったのだ。
次に読もうと決めたのが『交歓』だったことに深い意味はない。ただ、本棚からその本を選んだ時、どこか頭の中には『聖少女』があったことは確かである。
だからこそ、読んでみると呆気に取られた。その作品は『聖少女』とは雰囲気も何もかも、まったく違っていたからだ。
『交歓』は倉橋先生が亡くなるまで続けていた『桂子さんシリーズ』という連作のひとつである。山田桂子を主軸としたその作品群の、実に五作目らしい。
途中から読み始めたからといって何もわからないということはなく、少しばかりの説明はしてくれており、連作としてではなく単体としても読める作品だが、最初から読みたかったという後悔は隠し切れない。
『交歓』は、夫が脳卒中で意識のない人となり、半ば未亡人になった桂子さんと、上流階級の客人たちとの交流を描いている。不幸な境遇にありながら前向きに生きていくことを決めている桂子さんの逞しさは愛おしく思える。
『聖少女』にも通ずるようなアヤシゲな雰囲気も醸されていた。女同士、というところが一層のスリルを感じさせてくれるかのよう。
最初こそがっかりしたのだが、気が付けば止まることなく最後まで読み切ってしまった。そして読後感も悪くはない。もしかしたら、気に入ったのかもしれないな。
倉橋由美子と言えば、という質問には、やはりどうしても『聖少女』と答えるだろう。あの作品の衝撃を超えることはできなかった。
しかし、『交歓』のキャラクターたちの魅力的なところは決して負けていない。桂子さんをはじめ、個性的な人ばかりが集まる。
桂子さんが出てくるシリーズの最初は『夢の浮橋』だという。文字通り、この物語は平安時代の光源氏になぞらえて捉えられたのだろう。この作品を機に、倉橋先生は今までの作品からの作風を変え、『桂子さんシリーズ』を生み出した。
私が期待した『聖少女』ほどの妖しさはなかったが、その物語はどこか眩しいものに見えた。あるいは、面白さの土俵が違うだけの話なのだろう。
願わくば、倉橋先生の『夢の浮橋』からもう一度読み直してみたいと願うばかりである。
紅葉狩り
桂子さんの四十回目の誕生日の集まりが急な差支えが生じて中止となり、その埋め合わせが、月を越して十一月も下旬に近づいてから親しい人たちを招いての紅葉狩りということになった。
場所は秋川の奥の別荘で、これは林啓三郎さんの弟の龍太氏の別業を譲り受けたものである。
この話は一昨年林さんから伝えられ、桂子さんは二つ返事で承知した。この取引が成って半年を経ずに龍太氏は亡くなった。
肝臓癌だったと聞いたが、それで今でも桂子さんはこの別荘が龍太氏の生前の形見分けとして自分に贈られたもののような気がする。そして秋川の別業にはいずれそれらしい名前をつけようと思っているうちに、「秋川荘」という平凡な名前に落ち着いてしまった。
夫君の信氏の脳卒中は重篤で、手術の結果一命はとりとめたが、意識が正常に戻る可能性はない。どんなことが起こっても驚かないというのが桂子さんの平素の覚悟である。
この中途半端な状態が半年続くか、一年続くかは今のところわからない。桂子さんとしてはそれができるだけ長く続くことを願う気持ちはなかった。
病院を出て車を走らせながら桂子さんはそんなことをひとしきり考えた。不意に目の前が曇った。ひとりになるとこうして時々涙の発作に見舞われる。
十分感傷的になった頃に車は山道に入り、蒼天を駆け抜ける強い風に吹き散らされる雑木の紅葉が、時には何かの赤い死骸のように降り注いできた。
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