誰かが言った。私のことを。魔女、だって。みんなの目が怖くて、だから、私、言ったのよ。おばさまを指さして。魔女はあの人よ、って。
たくさんの人が、いなくなっちゃったわ。昔はみんな優しくて、笑っていて……でも、今はもう、誰もが怯えた目をしてるの。
前から隣の奥さんは怪しかった。きっと家で魔女の術を使って薬をつくっているんだわ。あの人こそ本物の魔女よ。
私、知っているの。家の裏に住んでいるおばあさまは、隠れて猫に餌をあげてるの。黒い、黒い、黄色い目をした猫よ。黒猫とお友達なのだから、きっとおばあさまも魔女ね。
私のお人形ね、とてもお気に入りだったのだけれど、今はもう、私のもとにいないの。ミラちゃんが抱いているのを見たわ。きっと怪しげな術に使うのよ。彼女も魔女だわ。
みんなが私のことを見ていた。目の前に立つ男の人の顔が怖くて、とにかく怒られたくなくて、あることないこと言ったわ。何を喋ったか忘れちゃったくらい。
私が大好きな人たち。みんないなくなっちゃった。水に沈められたり、磔にされたり、火に炙られたり。みんな「魔女だ」って言われて。
それをやったのはみんな、外から来た男の人たち。でも、私、気づいているのよ。最近、村の人たちの私を見る目が、あの人たちに向けられたものと同じ、いや、それよりも怯えているってこと。
夢を見るの、あの時から。男の人たちがやっているようなことを、私が自分でやっている夢。水に沈めたり、磔にしたり、火で炙ったり。
何度寝ても、いつも同じ夢なのよ。だから、だんだん、自分でもわからなくなってきたの。もしかして、あれは私がやったことだったんじゃないか、って。
やめて! やめて! もうやめて! 知っている、私、知っているの! あの人たちは魔女じゃない! 優しくて、いい人たちなの! 魔女なんてどこにもいないの!
でも、もうやめられない。村の人たちは、告発した私を恨んでいるもの。だから、私もきっと、魔女にされちゃう。そうならないためには、自分が告発する側になるしかないの。
おかしい、おかしいわ。みんなおかしい。魔女なんて嘘っぱちよ。いなくなっちゃった人たちはみんな、普通の優しい女の人たちなのに。「魔女」だなんて、男の人や、周りが勝手に言っているだけの。
それなのに、私がどれだけデタラメを言って、指差せばその人は魔女になってしまう。私のせい、私のせいで。
私、本当の魔女が誰だか、知っているのよ。水たまりに映っている顔。私自身の顔。醜く歪んだ笑みを浮かべる、魔女の顔。
自分では直接手を下さずに、人を消す。まるで魔法だわ。だから、私が魔女なの。私が、みんなが血眼になって探している、狩るべき魔女なのよ。
ああ、そう、魔女だから、火炙りで。私の右手が燃えているわ。熱くてたまらないはずなのに、とても寒いの。
ああ、お願い、お願いよ、誰か。誰でもいい。この物語を終わらせて。真実から目を背けないで。向き合わず、うやむやになんて許さないから。
彼女の命を奪ったのは誰? 私? それともあなたたちかしら? みんなが別々のことを言っている。自分の目で見たことしか信じないまま。
美女の死の真相
あたしの死んだおかあさまは、それはそれは美しい人でした。あたしはおかあさまを眺めるのが好きでした。
おかあさまが死なれたのは春のことでした。お庭のしだれ桜が枝いっぱいに花をつけていました。おかあさまは黒羽二重に桜の花を刺した、目の覚めるようなお振り袖を着ていました。
それからあたしは繰り返し、おかあさまの死んだ日の夢を見ます。死んでいくおかあさまを見ます。あたしが見たはずのない情景を見ます。だからきっとそれは、あたしが空想した情景なのです。
……その夢……昼か夜はわかりません。あたりは薄墨色にかすんでいます。そしておかあさまは、振り袖のたもとをふわふわと揺らしながら、踊っておられます。
あたりを雪のようなものが舞っている、と思ったら、それは雪ではなく降りかかる桜の花びらでした。あたしはどこにいるのでしょう。少し離れたところだと思います。
あたしは――おかあさま、と呼んだかも知れません。でも、声はちっともおかあさまにまでは届かないようです。
あたしは、腹を立てます。おかあさまが手の届かないところに行ってしまって戻ってきてくれないので、すごく悔しくて悲しいのです。そんなふうに遠くに行ってしまうなら、もうおかあさまなんて帰ってこなくていい、とさえ思います。
すると、あたしは急に自分の手の中に硬い冷たい感触を覚えます。あたしは両手でなにかを持っています。それは、子どもの手にあまるようなピストルでした。
あたしはそれを両手で構えます。遠く見えるおかあさまに向けて。それでもおかあさまは、あたしに気付いてくれません。あたしは両手の人差し指で、引き金を引き絞ります。
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