AI、仮想通貨、ブロックチェーン『教養としてのテクノロジー』伊藤穰一


自分の片手に収まる小さな液晶を見下ろして、私はため息をついた。この存在が憎らしい。だが、そうも言っていられなくなったのだ。

 

「スマートフォンなど持っておらん」と言うと、誰もが驚いた顔をする。私と同じ年の近所の婆さんですら、唖然としていた。

 

だが、私はそれでも持ちたくはなかった。スマートフォンが出始めた頃は、私の周りにいた友人たちも、同じような意見を持っていたのだ。

 

それが今や、気が付けば、私だけが持っていないような状況になっていた。それでも頑なに拒絶し続けたのは、もはや意地以外の何物でもなかった。

 

だが、そうも言ってられないのだと気付いたのが、新型コロナウイルスとやらが猛威を振るうようになってからのことだ。

 

なんと、予約はスマホやパソコンを通したネット予約だと言うのだ。我が家にはパソコンもスマホもない。ワクチンを受けるためには、手に入れるしかなかった。

 

私は内心、怒りに震えた。私だけではない。世の中には、ネットやスマホに順応できていない高齢者もたくさんいる。それなのに、長年国を支えてきた私たちに、この仕打ちはなんだ。

 

結局、私はとうとう膝を屈し、意地を折り曲げて屈辱に身を震わせながらも、ようやくスマートフォンを手に入れたのである。

 

その小さな機械を手に収めた時、私は実感した。すでに時代は、私たちの知るそれではなくなっているのだ、と。

 

私たちの時代にはなかったスマートフォンとやらが、今は「持っていて当たり前」のものとなっている。そして、今後もどんどん増えていくのだろう。

 

嫌いだから。それだけの理由で意地を張ることなど、もうできなくなってしまったのだ。時代に置いていかれてしまった老人は、もはやこの国に生きる場所などないのだと、他ならぬ国から突き付けられてしまった。

 

帰り道、一冊の本を買った。『教養としてのテクノロジー』というタイトルの本だ。普段はこんなものは読まないのだが、スマートフォンを買った今、もはや私に意地など何もなかった。

 

現代を生きるためには、新しく生み出され続けている技術を知るしかない。それが「令和」という時代なのだ、と、私は痛感していた。

 

AI、仮想通貨、ブロックチェーン。今までは見向きもしなかった言葉だ。AIはロボットみたいなものだと思っていたし、仮想通貨はギャンブルのようなものだと信じていた。ブロックチェーンに至っては聞いたことがない。

 

しかしどうやら、それらは私が思っていたよりも、よほど幅広い意味を持っているらしい。そんな一言で言い表せるものではなかった。

 

国民に政府が一定額を支給するという「ベーシックインカム」という制度。仮想通貨という、国の管理下にない通貨。子どもに自由な学習をさせる「アンスクーリング」という考え方。

 

社会はどうやら、私が幼い頃から親しんできた常識とはまったく異なる方向へと進んでいるらしい。かつてならば後ろ指を差されるようなそんな考え方が、今では、一部で実践すらされているという。

 

だが一方で、この本の著者は、「技術が全てではない」、と。新たなテクノロジーが生まれるからこそ、その本質が大事になってくるのだという。

 

働くことの意味とは何か。今までただ、がむしゃらに、生きるために働いてきた私たちが、考えたこともないような問いかけが、今後はされるような世の中になる。

 

すでにこの時代は、私たちの時代ではないのだ。私たちの時代は、もう終わってしまったのだ。自分の手の中にあるスマートフォンとこの本が、そのことを、強く実感させた。

 

 

科学と人間

 

「テクノロジー」は現代社会の基盤です。スマートフォンが登場してから、僕たちの生活の在り方は大きく変わりました。スマートフォン以降も日々、新しいテクノロジーが登場しています。

 

テクノロジーはもはや「一部の人たちのもの」ではありません。現代社会を生きる人々が、共通して理解しておくべきものになりつつあります。

 

もちろん、「多くの人々が技術的な仕組みを理解すべきだ」というわけではありません。むしろ、その背景にある考え方、すなわち「フィロソフィ」として理解をすることが不可欠になってきました。

 

これまで「教養」と呼ばれてきたレベルで、テクノロジーについて本質的な理解が必要となったのです。

 

本書は、メディアラボ所長として世界を飛び回り、日々いろいろな人と触れ合うなかで思った僕の「実感」をなるべく言葉にしています。

 

いまここで、私たちを取り巻く最新の状況を整理し、付け焼刃ではない「そもそも論」と呼ぶべき、本質的な議論を始めるタイミングだと僕は思っています。

 

「情報革命」と呼ばれた時代はすでに終わり、テクノロジーは僕たちの経済や社会を根底から変えようとしています。

 

テクノロジーが経済や社会へ与える影響を知るものとして、またその変化と真剣に向き合うきっかけになる一冊として、本書が皆さんにとって価値のあるものになればと願っています。

 

 

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