彼は努力家だ。自分の苦手を克服するために力を尽くし、指示されたことは忠実にこなす。私は、彼以上に真面目な人間を見たことがない。
「よお。久しぶりだな」
そういって笑う彼を見て、私は思わず昔の彼の姿を思い出した。記憶の中にいるその男と、目の前にいる彼が同一人物だとは、とても思えなかった。
目がぎょろりと大きく見開かれて、頬はこそげ落ちている。髪は豊かだが白髪が混じり、浮かべた軽い笑みには奇妙な迫力を感じさせた。
無精髭はない。髪はしっかりと手入れされている。スーツも仕立てがいい。だが、視線はあちこちを泳ぎ、手がそわそわと動いている。落ち着きがない。まるで何かに追われているかのように。
彼と会うのは三年ぶりだった。彼の消息を最後に聞いたのは、私が以前の会社を辞める頃のことだった。
彼は入社してから真面目に働き続け、順調に昇進を進めていたはずだ。今頃は、それなりの地位にいるはずだった。
「で、最近どうだ? 羽振りはいいんだろ?」
「ああ、はは、いや、それでもないさ」
彼は苦笑する。謙遜のようにも思えるが、嬉しさは感じられない。私は、少し奇妙に思えた。
「お前、ちゃんと休んでるか?」
「この時期は繁忙期だからな。だが、今の忙しい時期を過ぎれば多少は休めるはずだ」
「またどうせお前のことだから人の仕事まで背負い込んで苦しくなってるんじゃないだろうな」
「はは、そんなことはないよ」
彼のことは学生の頃からよく知っている。その頃から、いわゆる「いいやつ」だった。だからこそ、私は彼のことが誰よりも心配だったのだ。
彼が「いいやつ」なことに甘えて、周りの友人たちは彼をからかい、彼に仕事をやってもらっていた。無理やりではなく、彼が引き受けてくれるのだ。誰もがそれに甘えていた。
彼は「善人」なのだ。だからこそ、この社会で生きるのは難しいだろうと、私は思っている。
「今日はな、実は、お前に勧めたい本があるんだ」
「ほう、なんだ。期待できそうだな」
私は自分のカバンから本を取り出して、彼に見せた。タイトルを見た彼は一瞬強張った表情を見せたものの、次には「へえ」と相槌を打った。
私が見せたのは、『このムダな努力をやめなさい』という本だ。おすすめということで、彼はその言葉を言われたものだと考えたのだろう。
作者は成毛眞先生。マイクロソフト社で社長をしていた人物だ。作中にも、その時期のエピソードがいくつか描かれている。
この本を読んだ時、私はまず、彼のことを思い出した。だからこそ、こうして久しぶりに連絡を取って会うことにしたのだ。
「この本は『お前がしているのはムダな努力だ』って言っているわけじゃないぞ。努力をするなというわけでもない。ただ、『努力の方向を見失うな』って、言ってるんだ」
「時間」も「お金」も限られている。そのエネルギーを間違った方向に向けると、ただ無為に時間が過ぎていくだけだ。何も得ることもなく。
努力ではどうにもできないことがある。必ず報われる、ということはないのだ。だからこそ、努力に見切りをつけることも必要になる。
「この、サブタイトルの偽善者だの、偽悪者だのっていうのは」
「善人になっても、いいことは何もないってことだよ。まあ、読めばわかるさ」
善人とは、まさに彼のような人間を指すのだろう。今まで逸脱をしたことがない人間。真面目で、勤勉で、誰にでも優しい人間。
だが、誰にでも優しい彼は、だからこそ、自分には優しくない。彼は人のために生きていて、自分の人生を歩んでいないように感じる。
彼は人の苦労を背負ってしまう。いずれその重みで潰されてしないだろうかと、私は思えてならないのだ。
「ああ、ありがとう、読ませてもらうよ。読み終わったら連絡すればいいのかな」
「いや、いい。その本はやるさ」
「ありがとう」
彼の微笑を見て、私は、彼がその本を読まないことを確信した。読んだとしても、頭に留めることはないだろう。
相手にわからせようとするのはムダだ。ましてや、それが自分とはまったく異なる考え方を持っているのなら、なおさら。
だから、私が「偽善」をするのも、これが最後。それがどうなろうが、後のことは知ったことではない。
だが、願わくば、「善人」の彼が、ほんの少しばかり、世の中を生きやすい「悪」になってくれれば、嬉しいと思うのだ。
頑張らない、我慢しない、根性を持たない
「努力」という言葉を聞いた時、あなたは何を思い浮かべるだろうか。美しい言葉をすぐに連想した人は、これからの時代を生き残ってはいけないと、まずは断言しておきたい。
頑張れば必ず人生は変わる。努力をすれば必ず夢は叶う。もちろん、そういった努力のすべてが無意味だと否定するわけではない。
しかし、努力には「コスト意識」がないと、ムダな努力を重ねてしまうことになる。だから努力も「選別」する必要がある。
私はつねに、「頑張らない」「我慢しない」「根性を持たない」という三原則をモットーにしてきた。
苦手なことはいくら時間をかけてもそれほど身につかない。そのために得意な仕事までスポイルしてしまっては本末転倒だ。
自分が苦手な仕事は放っておけばいい。そうすれば誰かがその仕事を代わりにやることになる。会社組織というのは、そういうものなのだ。
自分が「やりたいこと」「好きなこと」「得意なこと」で思う存分本領を発揮する。それが成功への最短距離である。だから、ムダな努力をしているヒマなどない。
そしてもっと自分らしい人生を手に入れるためにはどうすればいいのか――本書を読んで、あなたも考えてみてほしい。
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