非論理的な社会を批判的な思考で生き抜くために『まどわされない思考』デヴィット・ロバート・グライムス


コロナワクチンは人間の遺伝子を変質させる。ワクチン接種が強く推進され始めたその裏で、その噂はインターネットを通じて密やかに広まっていった。

 

当初、私はコロナワクチンを打つつもりはまったくなかった。というのは、ネット上に流布している怪しげな噂、いわゆる「ワクチン陰謀論」と呼ばれるものが頭に引っかかっていたからである。

 

「コロナワクチンは人口を減らすためのものだ」「コロナワクチンはヒトDNAを変質させる」それらが真実だとは思わないが、かといって、何も考えなしに打つよりは、しばらく様子を見ていたかった、というのが本音である。

 

だが、結果として打つことを決めたのは、ある一冊の本を読んだからだった。デヴィット・ロバート・グライムス先生の、『まどわされない思考』である。

 

それは、いわゆる世論や自分の感情に流されることなく、冷静に状況を見据え、正しい決断を下す。そんな「批判的思考」を持つことを、さまざまな過去の事件を例に挙げながら勧めていく本であった。

 

それを知って初めて知ったのだが、ワクチンに対する反感は何も現在のコロナワクチンが初めてのことではなかった。過去に流行した麻疹などでも、反ワクチン思想というものはあった。

 

この事例では、ウェイクフィールドという人物が取り上げられている。彼は「ワクチンが自閉症に関係している」と自説を提唱し、メディアがそれを流布したことで、一躍時の人となった。

 

しかし、実際のところ、それはとんでもない大嘘であった。科学的な実証はすべて彼の自説に反していた。にもかかわらず、彼は多くの人に支持された。

 

その結果が、ワクチン接種率の異常な低さと、麻疹による大量の被害者である。ブライアン・ディアというジャーナリストが彼の嘘を暴き立てるまで、彼はヒーローとして祭り上げられ続けたという。

 

陰謀説、疑似科学、デマ。何の証拠もないはずのそれらが、どうしてこんなにも多くの人に支持され、愛され続けるのか。何もない伽藍洞の中身を見ず、噂の表層だけで心から信用してしまうのか。

 

つまるところ、それは願望なのだろう。誰もが知らないその陰謀を、自分は知っている。賢い自分は、世間に踊らされることなんてない。そして、この忌まわしい真実を、より多くの人に広めなければ。

 

そんな虚栄心と妄想と独りよがりな使命感が、陰謀論に踊らされている愚か者を、さらに増やしていくのだ。私自身もまた、そちら側の人間だったからこそわかる。

 

踊るのは気持ちがいいものだ。「悪」がどこかにいて、自分はそれを叩く「正義」の側にいる。自分は人とは違うのだという自尊心を満たし、正義の鉄槌を下す快感を覚える。その先にあるものが真実かどうかなんて、どうでもいい。

 

人が人ならば、この本を読んで、「この本の著者も陰謀に加担している」とでも思うのだろうか。思うのかもしれない。ただ、私はこの本を読んで、自分の行いを改めることに決めた。

 

この本に挙げられている数多くの事例。数々の根も葉もない噂に踊らされている、哀れな人たち。彼らのなんと滑稽なことだろう。

 

馬鹿馬鹿しくなった。そして、自分もまた、あちら側にいたのだと思えば、恥ずかしくなった。ただそれだけのことだ。

 

 

批判的思考を持つ

 

スタニスラフ・ペトロフという名のロシア人を知る者はほとんどいない。しかし、ペトロフは英雄だ。彼のおかげで、私たちの多くは今も生きていられると言える。

 

ペトロフとはどんな人物なのだろうか? 一九八三年九月二十六日、ペトロフはソ連防空軍の中佐として、「セルプコフ15」で当直将校の主任を務めていた。このバンカーはソ連のミサイル早期警戒システムを擁する施設だった。

 

時代は混迷を極めていた。ヨーロッパ各地に核ミサイル網を配備したアメリカにクレムリンは激怒し、冷戦はピークを迎えていたのである。

 

そのような背景において、九月二十六日にセルプコフ15の警報が嘆きの声を上げ、アメリカが発射した五基のミサイルが迫りつつあることを告げた。

 

ペトロフには悲惨な未来が見えていた。アメリカからミサイルが飛んできていると報告すれば、ソビエト連邦軍の上層部は間違いなく、すぐに宿敵へ総攻撃を仕掛けるだろう。

 

この容赦ない圧力の下で、ペトロフは意外な決断を下した。冷静に当直将校に電話し、OKOが誤作動していると伝えたのだ。

 

行動を起こす前によく考えてくれたペトロフのおかげで、世界は核による破滅を免れることができたと言えるだろう。

 

ペトロフは活躍にふさわしい評価を得ることがないかもしれないが、それでも人類は彼に大きな恩がある。感情が高ぶっている状況にあったというのに、驚くほど批判的に考えて、文字通り世界を救ったのだ。

 

想像を絶するストレスにさらされていたにもかかわらず、論理的に考え、確立を考慮し、明快な推理を働かせた。そのおかげで、今も私たちは生きている。

 

私たちは自分の力で核戦争を防がなければならない局面に立たされることはないかもしれないが、それでもこの無銘のロシア人から「批判的に考える能力は絶対に必要だ」という事実を学ぶべきだろう。

 

 

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